三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

鎌倉・建長寺再訪_1

2010年03月21日 07時45分31秒 | Weblog




きのうは連休初日ということでしたが、
そのうえ、パリーグ開幕ということでしたが(泣)、
飛行機の関係で、もう一日東京にいることに。
っていうことで、やむなくライフワークの取材で鎌倉の建築を見学に。

で、やはり鎌倉というと、どう考えても建長寺ですね。
前にも一度行っているのですが、その伽藍配置の豪快さが面白く
今回再度見たいと思った次第です。
鶴ヶ岡八幡が最大の観光スポットですが、
ややはずれた建長寺は、驚くほどに人出が少ない。
でも建築的には、建長寺って、やはりすごい建築で圧倒されます。
時代背景は承久の乱(1221年)を経て北条氏の権力基盤が安定し、京都の中央政府の支配力は相対的に弱まり、鎌倉が事実上、日本の首府となっていた時代。
建長という年号を寺の名称に付けているように
北条氏の建立だけれど、国家事業として造営された様子が伝わってくる。

で、最近、写真のように屋根端部・軒先端部の木組みに興味を覚えているのですが、
この建長寺の「仏殿」に非常に面白い作りを発見した次第。
仏殿に関して、Wikkipediaの記述では
重要文化財。
寄棟造で単層裳階(もこし)が付く。
芝(東京都港区)の増上寺にあった、徳川秀忠夫人崇源院の霊屋(たまや)を建て替えに際し、譲渡されたもので、正保4年(1647年)に建長寺に移築されている。
もともと霊廟建築として造られたものであるので、屋根や天井などの形式が一般的な禅宗の仏殿とは異なっている。すなわち、屋根は入母屋造でなく寄棟造である。また、天井は禅宗仏殿では平板な「鏡天井」とし、龍などの絵を描くことが多いが、この仏殿の天井は和様の格天井(ごうてんじょう)である。
堂内には本尊の地蔵菩薩坐像(室町時代の作、像高2.4メートル)、もとこの地にあった心平寺の旧本尊地蔵菩薩坐像、千体地蔵菩薩立像、千手観音坐像、伽藍神像などを安置する。

となっています。
どうもこの「霊廟建築」という記述に様式的な特徴があるのでしょうが、
屋根端部・軒先端部の木組みが上の層と、下の層で
作り方が違うのです。
上の層は、横架材が放射線状に建物中心側から配されているのに
下の層では、隅角に太い構造材が渡されて
それを補強するように段々と短くなった木材が平行に組み上げられていっている。
この辺の違い、以前も奈良期建立の岩手県水沢の黒石寺の訪問記でも書いたのですが、
今回は、ひとつの建築で使い分けられていることが発見できた。
で、内部にあった「塔」の建築模型を子細に見ると
屋根端部・軒先端部の木組みは、この上の層の作り方になっている。
どうも建築の用途の違いで、この技法が使い分けられていると思える。
そういえば、上の層の木組みは、
ほかの部分でも大変派手で、組み物の構成の美しさで
まるで天に向かって屋根が飛翔するような感覚を訴求してきている。
宗教建築のデザインとして、まことに美しくまた合理的。
どうも、その奥行きの深さに驚嘆する思いを抱いた次第です。

木組みの合理性と、そのデザイン表現の秀麗さに
現代建築がまったく持ち合わせていない部分と感じざるを得ません。
こういう建築は、やはりサスティナブル建築として生きながらえていくでしょうが
ひるがえって、東京に林立するビル建築は
この先行き、どうなっていくものか、
はなはだ心許ない気がいたしますね。






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東京都内JR線ホームにて

2010年03月20日 07時23分25秒 | Weblog




きのうは東京都内での移動が主体。
宿泊は池袋周辺でした。で、朝ホームに登ったらごらんの懸垂幕。
まぁ、男性ならばギョッとさせられ、
女性ならば、頼もしいと思える表現なのでしょうか。
電車内での痴漢行為というのは地方ではあまり聞かない、
首都圏や関西圏で多発する傾向の社会現象なのでしょうか。
多くの人間が集中的に移動し、その手段がぎゅー詰めの電車ということで
こういう不埒なことも発生するのでしょう。
なんでもこの池袋では「埼京線」が乗り入れていて
この線は、一番多いのかどうか、そういう被害の多い路線だそうです。

しかし、広告で考えると
こういう表現は実に直接的ですごい。
この手の公共広告の手法を一歩超えた表現ですね(笑)。
だいたいこういうので多いのは5・7・5表現で、
まぁ、この標語も真ん中はすこし破調しているけれど、
前後の「おい痴漢」はみごとに嵌っております。
で、真ん中の「いいかげんにしろよ」は7ではないけれど、
一気に読み下す、という意味合いでは
語呂的にはギリギリ5・7・5の範疇に入れてもいいのでしょうか。
しかし、「いいかげんにしろよ」といい、
「おい痴漢」、といい、怒鳴るような感じが出ていてユニーク。
で、なぜか最後に痴漢が、チカン、というように置換されている(笑)。
どうもここが、この表現のキモのような気がします。
というのは、コピーライター的には
確かに「痴漢」と「チカン」というように使い分けるのは
漢字が2語連続するのと比較して、表現が重たくなるのを和らげてくれる。
で、やや諧謔的表現に至るので、
かろうじて、表現の直接性を救ってくれるのではないかと期待できる。
そういう微妙な感受性を受け取ることができるのではないかと思いました。

まぁ、それにしてもこういう標語が
こんなふうにドーンと出てくるというのは
まことに社会的にすごいことだと思わざるを得ません。
病理を表しているのか、不変の人間社会を表しているのか、
その両方であるのか、まことに立ち止まらされる表現ではありますね。





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朝日と読売に広告します

2010年03月19日 07時01分19秒 | Weblog




きのうは関東のビルダーさんにあいさつ回り。
いろいろな情報交換をして参りました。
そのなかで北海道の家づくりの傾向と、関東地域の違いに話が及びました。
北海道では、関東地域の住宅デザインにコンプレックスを持つ
っていうような傾向は非常に少なくて
むしろ、住宅のデザインについては北欧や北米への志向が強い。
そういうことが、インテリアなどでも現れていて、
室内デザインの重厚さは、関東地域のそれと比較して
たいへん、欲求が大きいと感じられるのですね。
冬の暮らしが長いという条件が
必然的に冬の室内を充実させたいという思いにつながっているのですね。
それと、そとが白い世界に覆われる、ということも大きい。
北欧に行って、冬の市内や郊外の風景を見ていると
ものすごく親近感を覚える。
あぁ、おんなじような感受性をこのひとたちは暮らしの中で育んでいるのだなぁ
っていうように、強く印象させられるのですね。
それにたいして、やはり関東はそのような自然的条件が違いすぎる。
むしろ京都のほうが、冬の厳しい寒さ体験を共有できる部分があって
親しい感受性の部分を覚えるのですね。

こういう違いは大きくて、
関東で活躍している建築家や、そのデザインについて
どうもニュアンスに違いを感じざるを得ない部分が出てくる。
言葉としては、志向するものも同じようではあるのだけれど、
「世界性」という部分では、どうもわれわれ北海道が見ている
北欧や北米ではないような感じが強い。
むしろ、中国的アジア的に近い感覚なのか。
そういう対話などを通じて
関東マーケットについて学習が深まっていく部分が大きいですね。

さて、明日の朝日新聞の1面にご覧のような広告を掲載いたします。
毎年、このエコ住宅Q1.0では、全国発売ということもあって
こういう全国新聞を広告で使わせていただいています。
地方零細出版社としては
大きな広告投資なのですが、
段々、関係するみなさんの協力も得られてきています。
今回は28日、一週間後、読売でも同様の広告を予定しています。
ぜひ、ご覧にいただき、書店でお買い求めください。
よろしくお願いします。







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「エコ住宅Q1.0」発売!

2010年03月18日 05時41分43秒 | Weblog




きのうは朝から会議出席のために仙台へ移動。
北海道よりも肌寒い気候にブルブルでありました。
きのう17日から写真の「エコ住宅Q1.0」2010年版発売しました。
省エネ・省CO2の流れが加速してきており
また住宅エコポイントなど、断熱性能へのスポットライトもあり
基本的な建物の断熱性能が広く日本全体で求められています。

エコ住宅Q1.0第3弾では、年々進化を遂げるQ1.0住宅の考え方と技術手法、厳格な基準をもつドイツのパッシブハウスとの比較などをご紹介。
国や地域を超えた高断熱・高気密住宅の重要性を解き明かします。
さらには、ドイツ・パッシブハウスの実践としての鎌倉パッシブハウスや日本全国で建てられたQ1.0住宅の実例紹介。また、今回は新たに、自分が住む地域でQ1.0住宅を建てられる会社はどこ?という読者の要望にお応えして、地域ごとに、会社のコンセプトをご紹介するコーナーも設けています。
以下、主なコンテンツです。

エコ住宅Q1.0(キューワン) 2010年版
2010年3月17日刊行・19日発売
2010年3月-発売 A4版116p(表紙共) 定価1,200円(税込)
北海道・東北・関東・信州・中部・九州エリアの書店にて発売。

・暖冷房・給湯のエネルギーを大幅に削減し、CO2の排出も抑える
 「Q1.0住宅」とはー/鎌田紀彦(室蘭工業大学教授、新住協代表理事)
・頑強なドイツ人気質による厳格な基準で日本人のための家を建てる
 パッシブハウスの話/森みわ(パッシブハウス・ジャパン代表理事)
・Q1.0住宅とパッシブハウス/鎌田紀彦(室蘭工業大学教授、新住協代表理事)

Q1.0住宅実例集
・北海道/東北/関東以西
・鎌田代表理事と西方理事がpick up! 新住協会員の高性能住宅

あなたの街の新住協会員
・北海道/本州/九州のビルダー
・設計事務所
・日本全国どこでも 高断熱・高気密が家づくりの必要条件
 /会沢健二(新住協事務局長)

表紙イメージは、北海道の家づくりとドイツパッシブハウスの
コラボレーションイメージを出してみました。
全国の主要書店で発売中。
朝日新聞にも、20日に広告が掲載されます。
明日はその広告をご紹介いたします。
なお、当社WEBサイトでも販売しておりますので、
どうぞよろしくお願いいたします。

エコ住宅Q1.0

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中田くん、HR2本!

2010年03月17日 05時32分40秒 | Weblog



さて、きのうでわが北海道日本ハムファイターズ、
オープン戦、全日程を終了いたしました。
いよいよ20日土曜日、札幌で開幕であります。
昨年末にはダルビッシュくんがケガをして、
全然投げられず、心配しておりましたが、
無理をさせなかったことで、ことしの出足は順調なようで
変わらず、無敵の投球を見せてくれるのではないかと期待しています。
また、昨年ブレークした、糸井くんや小谷野選手も元気のようで
大変バランスのいい野手陣になってきたと思っています。
オープン戦の全チーム成績では首位、ということで、
まぁ、痩せ馬の先走り(これも古いなぁ)にならないように祈っています。

ということなんですが、
ことしは、外国人野手でいい成績を残していたスレッジ選手と契約せず
かれは横浜と契約して、移籍しました。
その意識的とも思えるように開けた穴を、
若手選手たちが必死に奪い合っています。
考えてみると、梨田監督は昨年も糸井選手とかをそのように使って
みごとに一本立ちさせたのですが、
今期は、話題の中田選手や、陽選手、村田選手などを
そのように押し出そうとしています。
育成から、一軍レベルで活躍させるというのは
なかなか難しい仕事だと思うのですが、
ことしもチャレンジしてくれていることに、うれしい思いです。
そういう期待に応えるように、ハラハラドキドキの末に
きのう、中田選手が2軍の本拠地での最終オープン戦で
2打席連続HRで結果を示しました。
ことしはわがチーム、そういう若手選手たちのサバイバルゲームが
年間を通しても最大のプロ野球としての見せ場だと思っていますが、
そういう意味では、オープン戦から大変熱い戦いが続いています。
まぁ、首脳陣と若手選手たちとの我慢の戦いでしょうか。

昨年はわがチーム、その前の年までの貧打がウソのように
打ちまくりましたが、
それって、やはり首脳陣の見る目が
的確だということを表していると思います。
たぶん、各個人のレベルアップのために施したトレーニングテーマが
明確で、しかもポイントが間違いなかったということなのでしょう。
中田選手は、プロ野球全体としても貴重な選手であり、
かれが活躍できるかどうかは、
大きく未来が掛かってくるテーマだと思っています。
これまでのチームの方針や、やり方を見ていると、
まぁ、大筋で間違いのない方向でやってきたと思います。
ここまで積み上げてきて、あとは選手が壁を突き破れるかどうか。
どうも中田選手の場合は、メンタル面でまだ未熟なところを感じましたが、
さて、最後のオープン戦での結果がかれにリラックスを与えるか、
期待と不安、半ばしながら、いよいよ今シーズンも開幕です。
がんばれ、北海道日本ハムファイターズ!







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GREEのこと

2010年03月16日 07時33分24秒 | Weblog




先日、なにげなくテレビを見ていたら、
無料ゲームのグリーの社長さんが、時価総額ベースでの
アメリカでフォーブス長者番付に載ったというニュースが流れ、
その社長さんが登場していました。
朝のフジテレビ系列だったと思うので
たぶん、相当多くのひとが興味を持ってみていたのでしょうね。
家では朝の時間帯、時計代わりにテレビを付けているので
わたしも引き込まれてみておりました。
ときどきテレビCMで「グリー」というのは見ていましたが、
どういうビジネスなのか、さっぱりわかりませんでした。
まぁ、興味も持っていなかったのが大きいんですが、
そういうひとには、フォーブス長者番付という前振りは効果的だと思います。
っていうか、そういう話題性があったので
テレビで取材と言うことになったのだと思います。
株の時価総額は巨大になっていて、
このひとは1600億円とかの長者になったそうですが、
会社の売上としては80億円ほどの会社だそうです。
HPで記載されている会社情報は以下のよう。

田中 良和  代表取締役社長
1999年、日本大学法学部を卒業後、ソニーコミュニケーションネットワーク(現ソネットエンタテイメント)株式会社 を経て、2000年2月、楽天株式会社入社。2004年2月に個人の趣味としてGREEを開発。同年10月、楽天株式会社を退社。同年12月、グリー株式会社を設立し、代表取締役に就任。

まだとても若くて、会社を始めてからもまだ5年ほどなんですね。
少年期からゲーム世代であり、
メシよりもゲームというような感覚の人たちの中から経営者が出た、という感じ。
人柄も飾り気のない人柄のようで、
メディア露出としては大成功の部類ではないかと思います。
お話を聞いていて、たいへんわかりやすく、
そしてなにより、ゲームの環境の中で発想して息をしている、
っていう感じが伝わってきました。
ゲームって、日本独自に発達してきた世界的コンテンツだけれど、
一時期のマンガのように、
日本がソフトで世界に売り込んでいくとしたら、
もっとも可能性の高い分野なのかも知れませんね。

自分だって、インベーダーゲームにはまって喜々としていたのに
いまは、こどもたちに「いつまでゲームやっているんだ」
と口癖のようにいわざるを得ないのですが(笑)
でもまてよ、と考えの狭さを思い知らされた気分がしました。
日本の一番有望な産業分野であり、
そのゲームの中での感受性をもっとも体得しているのが
現代の日本の若者と考えたら、
むしろ、日本再生の産業としての価値が高いのかも知れないなぁと。

でもなぁ、ああいうの、生産的じゃないんだよなぁ(笑)。
ううむ、どうなんでしょうね。






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FREE

2010年03月15日 06時16分51秒 | Weblog



きのうはカミさんを迎えに新千歳空港へ。
ちょっと早めに着いたので、書店に向かいました。
最近話題の本って、なんだろうと気付いて
ごらんのように「FREE」を購入したのですが、
さっそくその「解説」のようなコンセプトの雑誌が出ていました。
で、出版社は単行本がNHK出版で、雑誌はダイヤモンド社なんですね。
いいんでしょうか、ここまでそっくり。
発行時期を見てみると、単行本は昨年11月25日の発行で現在5刷。
一方の雑誌の方は週刊最新号で3.13の日付が付いている。
あきらかに雑誌が単行本の表紙をパクっている(笑)。
まぁたぶん、大手出版社ですから
事前に「こういう表紙で行きたいと思っているのですが、
NHKさん、よろしいでしょうか」
というような照会があって、了解を取り付けてはいるのでしょうね。
もしそうでないとしたら、ちょっと危ない。
そうか、こういう作戦もありか、とひとりごちしておりました。
いや、そもそも「FREE」なんで、
こういう展開も折り込み済みなんでしょうか。

っていうことですが、
いまさらこんな本を出してどうするんだろう
と思っていたクチなんですが、そこそこ売れているのでしょうか。
GOOGLEなんかがその代表選手のようなものですが、
なかなかビジネスモデルは構築しにくい。
というよりも、儲かり方は考えないで「とりあえず取りかかってみる」
っていうような感覚でサービスを始めるのが本質部分でしょうか。
GOOGLEが、しかし、成長したのは広告モデルなので、
いくつか、ビジネスになって行くには法則というか
流れがあるでしょうね。
忙しいので、どれくらいで読み終えることができるのか
わかりません(泣)。
でも、こういうのって、一生懸命読んで見ても
イマイチ、現場感覚的には理解が及ばないところがありまして
じっくり読む、っていうのとは違うのではないかとも思っています。

さて、今週は再び出張予定が入っていまして
その準備などで、追われるものと思われます。
頑張らなくっちゃ(古典的修辞ですね)、であります。ではでは。






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外国特派員協会と検察報道

2010年03月14日 07時28分57秒 | Weblog



“検察の正義”に委ねていいのか? 元検事、元司法記者が語る、小沢捜査の裏側
と題した報道が、やはりメジャーではない報道機関(失礼)
Business Media 誠というところで報道されていました。
それをyahooニュースが伝えていました。
検察の正義”に委ねていいのか?

元検事の郷原信郎氏(左)と元司法記者の魚住昭氏が
日本外国特派員協会(外国記者クラブ)で記者会見したということ。
文中では、「統帥権干犯問題」まで触れられていて、
問題意識はかなり高く、今日の日本の検察に対しての「監視機能」が
このように表現されているという思いが持てました。
わたしとしては、この記事に書かれているような問題意識が
たいへん重要であり、最後に触れられている
「法務大臣による指揮権」について、
広範にそれが論議される必要があると思います。
なにごとでもアンタッチャブル領域を作ってはいけないので
検察をチェックするのに、その監視装置をきちんと整備することは必要。
ただ、「法務大臣による指揮権」というと、
疑獄事件で政治家を救済するというイメージが強すぎる。
まぁそのように報道誘導されてきたという側面もあるけれど、
ごく常識的に、法務大臣が「指揮権について論議してください」という形で
検察へのチェック機能という部分に絞って「諮問委員会」のような
かたちのものを整備する必要があるでしょう。

っていうことなんですが、
この件について、継続的に興味を持っているのが
「日本外国特派員協会」であり、
そこでこういう会見がセットされている、ということに
なんとも情けない日本のマスコミの現状があると思います。
むしろ、日本の本質的問題は、
かれらのような視点でなければ掘り起こしていけないのでしょうか。
きっかけは小沢問題なのですが、
外国メディアは、正確に問題の本質的所在を感じ取っている。
それに対して、日本のメディアの姿勢は、
この記事の中の両氏の意見でも触れられているけれど、
それこそ、検察と癒着しているマスメディアという構図が鮮明なのですね。
これでは、やはり英語を公用語として指定して
メディアも自由化を図っていかなければならないのではないか。
私自身も、英語はまぁ、あんまり得意ではない(笑)
けれど、正しい情報は英語でしか摂取できないのではないかと
やや暗澹たる気持ちになってきます。
そのうえ、この記事に付けられた「投稿意見」も
きちんとこの両氏の意見についてまともにとらえずに、
きっかけとしての事件についての断罪に終始して、
検察も悪いが、小沢も悪い、みたいな意見が多く掲載されている・・・。
そういう問題ではない、あるいはそういうところが本質の論議ではないのに
論議をすり替えて、影響を削ごうとするように思われました。
ちょっと悲しいと思います。






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1952年北海道入植者の家

2010年03月13日 06時45分55秒 | Weblog




きのうの続きです。
わたしが生まれた年、1952年に北海道に開拓入植したひとの家です。
この2年前の北海道人口が430万人弱という時代です。
太平洋戦争では一般も含めて約200万人が戦死し、
戦後、660万の日本人(当時の日本の総人口の約9%)が帰国してきたといわれています。
戦争が終わって7年目という時期ですが、
人口が少なく、未開拓の土地が多く残されていた北海道に
この写真のような「開拓入植者」が来たのでしょう。
必死な生存への祈りのようなたたずまいが伝わってくる気がします。
こういう記録写真も、北海道庁には残っているようです。
屋根は茅葺きであり、水平も垂直も取れていないことが
写真からも見て取れる。
たぶん、入植者自身が建てた「小屋がけ」に近い住居ですね。
この写真だけ見れば、縄文の頃とそう大差はない。
いやむしろ、土壌を掘り下げたりはしていないことを考えれば
先住のかれらよりも劣悪な住環境であったかも知れない。
左手、そとの日だまりの中に家族の姿が見られる。
小学生とおぼしき、学生帽の少年と少女、その母親か。
開拓とはいっても、条件の良さそうなあらかたの土地は
すでに開墾されていたので、やや山間の土地とか、
寒冷条件の厳しい根釧原野などに入植していったのでしょう。
こんにちからは考えられない筆舌を超えた労苦があったと思われます。

もちろん、貯えもない状態で
こういうなかから、わたしたちの父母たちは
勇敢に前途への不安と戦い続けてきたのですね。
それにしても、ドアもなく、開口部もない住まいで、
まことにすごい暮らしを生きてきたものだと感じざるを得ない。
少子高齢化とか、先行きへの不安が
日本全体を覆っている現状ですが、
ふと考えてみれば、こういう状態からまだ、60年程度なんですね。
命を繋いでいく住宅、
その重みがひしひしと胸に迫ってくるものがあります。






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北海道の住宅政策史

2010年03月12日 06時39分50秒 | Weblog




写真は、このあいだから探していた写真であります。
いろいろな仕事があって、あちこち飛び回っていて、
立ち止まって、自分自身の興味分野まで整理整頓するというのは
どうしても作業できなくなっています。そのうち、いつなにがあったのか、
何に興味があったのか、すら忘れてしまえば、
ただただ、日々の日程と実務に追われるだけになってしまう。
まぁ、心していなければならないですね。

で、わたし、たまたま北海道から始めて住宅雑誌を作っていて
北海道、さらには総括的に住宅の歴史みたいなものに興味は深くなります。
いまのところ、断片的に遺跡巡りをしたり、程度のことなんですが
それでも、そんなことに興味と若干でも時間を持てるだけでも
ありがたいことだと感じている次第です。
そんななかに先日、といっても追われるような日程の中で
日にちも忘れていたのですが、昨年9月14日に
このブログでも良く登場する「北総研」の研究発表会があり、
そこでのスライド発表に出ていた住宅なんです。
説明テキストの通りなんですが、
北海道って、その自治体発足時点からずっと、
「どうやったら、この北辺の大地で住んでいけるのか」
というテーマに取り組み続けてきた自治体なんですね。
ほかの自治体の方と交流したり、国交省のような国の機関とも
接触する機会がありますが、
このような「継続的意志」を保有し続けた自治体はありえない。
司馬遼太郎さんが生きていれば、きっと興味を持ってくれたに違いない。
でも、司馬さんはもう亡くなっている。
そんな思いがあって、まぁ、たまたまこういう位置にいることから
自分のライフテーマなのかなぁと思っている次第なのです。

前置きが長くなって、そっちのほうにずれていく(笑)。
まぁブログなので、許してください。
で、この写真であります。
説明文の通りなのですが、
当時の北海道庁の発案で、こういう「模範家屋」設計競技があり、
多くの「応募作」が寄せられて、めでたく受賞した住宅なのですね。
設計プラン競技で、その大賞作を実際に建築したという経緯。
写真は、その報告会で写されていたスライドを収めたので、
画質は悪いですが、Photoshopのお陰でなんとか見られる。
いろいろな想像力が沸き上がってきますが、
まずは「農家住宅」の設計競技であったというポイント。
その前年の北海道の人口は236万人程度の時期で
基幹産業としての農業人口の増加策が求められていた証でしょう。
開拓者として入植したいけれど、
そもそも北海道でなんて、住めるのですか?
というのが多くの人々の実感だったのでしょうね。
建物としては、窓面積が非常に少ないなぁというのが印象。
屋根は切妻の一部が切り取られたような外観。
2階の外壁に柱が見えていることから
真壁と考えれば、在来木造工法を採用していたものと思われます。
玄関前にはたぶん、雪対策として風除的に下家がかけられています。
暗くてよく見えませんが、玄関は引き戸だったのでしょう。
1階の窓には上げ下げ窓がつけられています。
当時を考えれば、最先端の
気密が確保される手段だったのではないでしょうか。
暖房は石炭ストーブだったのでしょう、
煙突装置が外に突き出すように見えています。
外壁の木の張り方はタテ張りを採用しているのは防水面での配慮か。
採光面と、暖かさの確保の妥協策として
2階にはドーマー突き出し窓がありますね。
デザイン的には、この部分がウリ、だったのでしょうか(笑)。
屋根はトタン葺き。

こういう資料が北総研や北海道にはあるんだ、という
発見が得られたということで、
わがライフテーマに一筋の光明のような気がした次第であります(笑)。
もちろん、まったく時間的ゆとりはなく、
まだまだ、もくろみの段階ではありますが、
徐々に、探索を深めていきたいものだと考えている次第です。
読者のみなさんから、大いに情報をいただければありがたいです。






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