ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

塵に訊け!

2018-09-25 18:36:04 | 読書
ジョン・ファンテ『塵に訊け!』




 書店で本を手に取り、最初の数行を読む。
 いい、面白そう。
 そう感じて買ったはいいが、家に帰ってよく見ると、著者が書いた文章ではなかった。
 ブコウスキーの推薦文だ。
 ジョン・ファンテ著『塵に訊け!』の序章。

 あまり期待しないで本文を読むと、少しずつ、確実に、その魅力にとりつかれてしまった。

 ナイーブ、世間知らず、不器用、生意気、一生懸命、成長。

 「塵に訊け!」か。
 地べたを這いつくばる感じがするじゃないか。

 表紙のタイトル文字の歪みは、真っすぐにしようとして歪んだのか、それとも歪んだものを真っすぐにしようと悪戦苦闘しているのか、どっちなのかは、ジョン・ファンテの文章を読めばわかる。

 装丁は柳沼博雅氏。(2012)

ミスター・ミー

2018-09-24 19:43:08 | 読書
アンドルー・クルミー『ミスター・ミー』




 映画『幸せへのキセキ』の中で、マット・デイモンが演じるベンジャミン・ミーのミー(Mee)という名前は、さほど珍しいものではないらしい。

 最近読み終えた小説『ミスター・ミー』も同じMeeで、これはMeを変化させて、おかしなニュアンスを加えたものだと思っていた。
 日本人の姓でいえば「私さん」みたいなもので、いないことはないかもしれないが、馴染みのない名前のようなものだろうと。

 「私さん」であれば、常識からずれている言動をとっても納得できる。
 なんといっても「私さん」なのだから。

 しかし、それが実は「松本さん」くらい普通の名前だとすると、それまで読んできた小説の世界が、勝手な思い込みで構築されていたのではなかったのかと、修正を迫られる気がする。

 とはいっても、間違った読み方ができるのも、小説として魅力があることの証明でもあるだろうから、気にしない。

 表紙に描かれた老人の、惚けた表情が、コミカルなストーリーを期待させる。

 装画は古村燿子氏。装丁は本山木犀氏。(2012)

バイ貝

2018-09-23 21:44:14 | 読書
町田康『バイ貝』

 町田康の小説は、その場の思いつきとリズムで、へらへらと書いているような空気がいい。

 『バイ貝』は、どうでもいいような話だが、なんとなく引き込まれる。
 並べられた言葉は、実は丁寧に選ばれていて、一見破天荒だが、繊細。

 表紙には、筆で描かれたイラストとタイトルが、和綴じの本を模した体裁の中に収まっている。
 丁寧に書かれた文字は読みやすいが、イラストは上手なのかそうでもないのか判断がつかない。

 よく見ると、これは実際に和綴じの本を制作し、それを写真に撮ったようだ。
 全体にとても細かく、手間のかかる作業だろうが、それを感じさせない。
 あえてセンスよくまとめない、その微妙なセンスが、町田康の文章と重なる感じがする。

 装丁は石川絢士氏。(2012)

通信教育探偵ファイロ・ガップ

2018-09-22 18:43:20 | 読書
エリス・パーカー・バトラー『通信教育探偵ファイロ・ガップ』



 ユーモア小説という呼び方をされる小説は、読み始める前に距離をおきたくなってしまう。

 欧米の翻訳ものだと、シットコムが思い浮かんでしまう。
 たいしておかしくもないところで笑い声。

 『通信教育探偵ファイロ・ガップ』は、ユーモア小説だ。
 読み進めるうちに、そのユーモア感覚に慣れ、だんだん心地よくなってくる。
 間抜けな探偵に同情さえしてくる。
 これがユーモア小説。

 クラフト紙に、濃淡の違う黒で刷られた表紙は、ハードカバーなのに安っぽさ満載で、ユーモア小説ってこんなもの、と思わせる。
 帯を巻いた状態の、ごちゃごちゃな感じがいい。

 装丁は長田年伸氏。(2012)


誰もいないホテルで

2018-09-21 18:24:21 | 読書
ペーター・シュタム『誰もいないホテルで』




 表紙の絵を見ていると、とても穏やかで静かな世界を想像する。

 牧草地に、ところどころ茂る木々、かすかに見える湖、遥か先に連なる山。

 人々が散歩している。
 親子、恋人、仲間たち、犬を連れている人や、乳母車を押す母親。
 
 この平和な絵に描かれた人たちが、物語を読み進めるうちに、ささやき出す。
 
 10の短編は、書き手が異なっているのではと思うほど、雰囲気を変える。

 似ているのは、どれも危うい縁に立たされている感じがすること。

 異質な世界に手を引かれながらも、なんとか現実の世界に踏みとどまる。

 言ってはいけなかったひとこと、持たなければ良かった感情。
 意識せず、うっかり足を踏み入れてしまう場所はある。

 緑豊かな心和む風景の中で、表紙の恋人たちは口論をしているのかもしれない。

 イラストは矢吹申彦氏。(2018)