ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

北の無人駅から

2018-09-20 18:21:06 | 読書
渡辺一史『北の無人駅から』




 学生の時、夏休みに自転車で北海道を旅したことがある。

 人家のまばらな通りを走り続けるので、駅に着くとホッとしたものだった。

 水場があり、屋根があり、夕方になると同じような旅行者が集まってきて、待合室や駅前で寝袋を広げた。

 いま考えると邪魔だったと思うが、地元の人たちは、二十歳前後の若者たちに親切だった。

 鉄道旅行より、駅にはお世話になったかもしれない。

 そんな懐かしさが、『北の無人駅から』を読むとよみがえってくる。
 しかしそれだけではない。表面をなぞるだけの旅行では見えない部分、小さな町村での生活の大変さが、この本には詰まっている。

 旅愁を誘う表紙の写真(並木博夫撮影)と、佐々木正男氏の抑えた装丁がいい。(2012)

短くて恐ろしいフィルの時代

2018-09-19 17:17:26 | 読書
ジョージ・ソーンダーズ『短くて恐ろしいフィルの時代』




 「国が小さい、というのはよくある話だが、〈内ホーナー国〉の小ささときたら、国民が一度に一人しか入れなくて」

 まるで子どもが落書きをしているような、突拍子もない思いつきが散りばめられた話。

 小口に塗られたオレンジ色が、開いた本の両脇に絶えず見え、話が少しずつ悪意に満ちてくると、その鮮やかな色がだんだん暗い色に感じられてくる。

 表紙を見ると、最初手にしたときに感じた楽しげなオレンジ色が、明らかに変化している。
 中央に描かれた王様も、最初は愉快な人だと思っていたのに、本当は腹黒い人だったのですね、だまされた気分になる。

 装丁は角川書店装丁室の鈴木久美氏。(2012)







アメリカのパイを買って帰ろう

2018-09-18 19:17:20 | 読書
駒沢敏器『アメリカのパイを買って帰ろう』





 駒沢敏器氏が亡くなったことを知り、未読だった『アメリカのパイを買って帰ろう』を手に取った。

 発売直後に買っていながら、いままでずっと読まずにいたのは、沖縄のルポルタージュだったことも理由のひとつだ。
 蹂躙されてきた歴史は、遠く離れて暮らしていると、感覚の上で本当には理解できないだろうという思いがあり、躊躇するのだ。

 しかし、この本の切り口は、そんな重い気持ちを軽くかわす。
 なにより、沖縄の人たちがたくましい。
 そしてここには、確かに駒沢敏器がいる。

 表紙には、フェンスの金網越しに見える米軍基地がモノクロ写真で入っている。
 タイトルの深い朱と相まって、硬派なノンフィクションを想像させる。

 写真は東恩納武氏。装丁は守先正氏。

 もう駒沢氏の文章が読めないかと思うと、寂しい。(2012)

写真の秘密

2018-09-17 19:03:33 | 読書
ロジェ・グルニエ『写真の秘密』

 みすず書房の本は、シンプルな装丁のものが多い。

 ロジェ・グルニエ『写真の秘密』も同じで、本を読むことに集中させてくれる。

 表紙にはモノクロの写真。
 三脚にのったクラシカルなカメラをのぞき込む、くわえタバコの男の横顔。
 フィルムカメラの写真を夢中で撮っていたときの気持ちがよみがえってくる。

 でも、エッセイの中に出てくるカメラはどれもとても古く、名前さえ知らない。
 博物館の中に閉じ込められたような気分。

 本を閉じ、表紙を眺めると、タイトルの山吹色が、ちょっとだけ現代に戻してくれる。(2012)

5

2018-09-17 10:44:27 | 読書
佐藤正午『5』




 佐藤正午の文章が好きなのは、いま語っていることが本当は語りたいのではなくて、実は……といった展開が小気味いいからでもある。

 『5』でも、では、何を目指してこの話は進んでいるのか、というのがさっぱり見えてこない楽しさがある。

 そもそも『5』というタイトルが、どういう意味を含んでいるのか想像を巡らさなくてならない。

 あまりにシンプルなタイトルの本の装丁として、高柳雅人氏のデザインは、謎を提示し、その謎を謎のまま残したような印象を与える。
 きっとどこかにデザインの仕掛けがあるに違いない。
 そう感じて、あちこち見たのだが、特に変わったことはないようだ。
 あとは表紙をバリバリ剥がし、背の奥に隠れているかもしれない何かを探すだけだ。

 といっても、この本はミステリーではない。(2011)




帯をはずすと




表紙をはずすと




フランス装の表紙のこんなところにも