上砂理佳のうぐいす日記

3月31日(月)から4月6日(日)まで銀座中央ギャラリーの「10×10版画展」に銅版画小品を出品します★

そもそもの認識が★

2018-04-20 | うぐいすよもやま日記
葉桜からこんな実が成ってましたが、やっぱりさくらんぼ化するの?と、友達と言い合ってました。
「通り抜け川柳」の短冊が桜の木にかけられていて、「あ、これ“凡人”かも」なんて、勝手に夏井いつき先生ごっこ。
あの場で急に歌を詠め!ってい言われても、なかなか難しいもんですね。
全然、出てこない!私なら凡人最下位。

17日付朝日夕刊の「女子組」コーナーに、セクハラにおける男性側、女性側の声が載ってましたが、なかなか考えさせられます。
「○○ちゃんまだ結婚しないの」「理想が高いんだね~」といった皮肉発言は、昔の職場の定番コミュニケーションでした。
女子側もそう来るとわかってたから、上司には「ふふふ。理想高いんで」とか「頑張りまーす!」とか適当に流してたんだけど、しつこいオヤジに出すお茶には雑巾の絞り汁入れてたから(笑)。

でも長年観察していたら、男性側も女性に何の話したらいいのか、ネタが無いから困って言ってる部分もあると思う。
「こいつなら何言っても大丈夫」と相手女性を見下してるのか、「話すネタが無いから」つい言ってしまうのか、その人の人格次第でセクハラか否かが決まると思うのですが。

朝日夕刊の欄で秀逸だったのはマンガです。
「そもそもセクハラする男性って、女性を“人間扱いしていない”という意味すら理解してないのでは」。
女性を「美人」「ブス」「デブ」「痩せ」「年寄り」「若い」「独身」「バツイチ」とか、「フィルター」でしか見てなくて、どんな考えを持ち生きているのか、考えてみたこともない。
しかしその当の本人も、「地位」「年齢」「会社名」「学歴」「男」としてしか自分を認識していないから、感情や人権なんて考えてみたこともない。
そんな人に「女性の人権を尊重してください」と言っても、「何それ?」って、ピンとこないのでは。。。
そういうマンガでした。

ああわかる!
この感じ!
男性と対峙していて、「あ、わたし人間として見られてない」と思うこと。
あります。あります。
人間として見てないから、相手が自分の言動によりどんな感情を抱くか、思い及ばない。思ってみたこともない。
「美味しい女」か「役に立つ女」か「甘えさせてくれる女」か。
自分にとって都合が良いか否かだけで品定めしているので、人間同士がコミュニケーションする境地にまで至らない。
勿論、そんな男性ばかりではないし、きちんと対峙してくれる人も多いですよ。
でも多分、福田次官は、女性記者を人間として見てなかったのでしょう。
それか、女性記者に何か失礼なことを言われて、報復に出たのか?
真相がわからないのでなかなか難しいけれど、「相手を見下す」ことは、無意識無自覚であることが多い。
特に、社会的立場で上にいる人は。

自分も、相手を「こういう人」ってフィルターで見ちゃってることあります。
それも危険なこと★
コメント
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