世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

フライ,ダディ,フライ

2005年07月31日 23時59分28秒 | Weblog
昼下がり、新宿へ。
伊勢丹で買い物をした後、隣の映画館に足を伸ばした。
前から気になっていた「フライ,ダディ,フライ」。
上映時間のタイミングも良かったので、鑑賞。

自分の娘を傷つけた石原という高校生に復讐するため、包丁を持って学校に乗り込んだおっさん(堤真一)。しかし高校を間違え、そこで出会ったスンシン(岡田准一)に一発でのされて気絶してしまう。
スイシンのもとで、ひと夏をトレーニングに費やし、石原との対決に備える鈴木。
男子高校生とサラリーマンの奇妙な交流に、笑いあり、涙あり。
まさに炭酸飲料的青春作品。
Mr.Childrenが歌う主題歌「ランニングハイ」も爽やか。
作品にマッチしていた。
「ウォーターボーイズ」同様、夏っぽい作品だった。

守るべきモノ、大切なモノがあると、人はあんなにも強く優しくなれるのだと、素直に思えた。



明日からまた一週間が始まる。
日曜日の夜はプールで潜水する前の気持ちに似ている。
週末という名の対岸目指し、息を吸い込み、壁を蹴る。
さぁ!頑張ろ~!!
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ドラマの中の女性像

2005年07月30日 23時59分43秒 | Weblog
昼過ぎ、起きた。
愛用しているパウダー「舞妓はんの白粉」がなくなったので赤羽界隈に買いに行く。帰りに楽器店で久石譲の楽譜を買う。「菊次郎の夏」の曲が弾きたくて。
ネイルサロンに行き、爪の形を修正してもらいピンクのラメカラーを塗ってもらった。

母オススメのドラマ「女王の教室」を観るべく帰宅。
夕方、このドラマのダイジェスト版を観たが、なかなか面白い。
天海祐希がクールで非情な女教師を演じている。
絶対王政さながらの女王っぷりで、逆らう児童には容赦なく罰を与える。番組にはかなりの反響が寄せられているらしい。
ブログに書いた福田先生もあんな感じだった。もう少し人間味があったが。
成績至上主義、知識の無い人間は悉く馬鹿にする…共通点が多い。
番組を観て思うことは、マヤは生徒思いだということ。
私みたいな「自分のことだけ考えていたい人間」は、
「生徒なんて、この先どうなっても構わないし。嫌われないように適当にやろうっと」というスタンスをとり、結局児童に舐められ、学級崩壊に陥るだろう。
嫌われても児童に自主性や責任感を植え付けようとするマヤのエネルギーは、すごいと思う。
「悔しかったら這上がってきなさい。」…その言葉には多少真実があるから。
ただ、…少しアウシュビッツ過ぎるのかも。児童が囚人に見えるときがあるし。

教育云々は置いておいて、マヤは私の好きな部類の女性である。
クールビューティー、ストイックな身のこなし、初めて見たときは溜め息が出た。小さい顔と同じぐらいの太さのウエスト、黒の服にオールバックのアップの髪型。すばらしい。

最近のドラマに出てくる女性像に変化が起きている。
バブル期のドラマ「君の瞳に恋してる」などに出てきた女性はいかに可愛く、いかに殿方にモテるかが勝負みたいなところがあった。
景気が危うくなり始めた頃のドラマ「東京ラブストーリー」の赤名リカは完治に失恋しても、三年後には颯爽と青山を歩き、再会した完治に「やあっ!」と明るく笑顔を向けた。あの頃が「強い女」に対する世間の容認の始まりだったと思う。

昨年の秋に放送されていた「黒革の手帖」の元子(米倉涼子)も、
今年の春に放送されていた「anego」の奈央子(篠原涼子)も、
マヤ同様、殿方に媚ない強い女オーラが滲出ていた。

今後も世間が追い掛ける女性像は時代と共に変わるだろう。
強い女性像の次はまた熱帯魚のようなバブル女子がもてはやされるかもしれない。

…その頃には景気も良くなっているのだろうか。

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だらしない

2005年07月29日 23時41分31秒 | Weblog
どうやら鰻を食べると眠くなる体質らしい。
丑の日だった昨日も鰻を食べた。
急に睡魔が襲ってきてバタン9。

こういう時、独り身で良かったと思う。
脂臭い寝息、剥げかけの化粧、食べっぱなしの容器、つけっ放しの蛍光灯とテレビ…起きたら今朝6時45分。
急いでシャワーを浴びて出勤。
例え、大好きな小室哲哉氏に「亮子ちゃん、僕と同棲しない?」と言われても、私は断るだろう。
好きな殿方に、こんな姿を見られるぐらいなら…。
それぐらいこの「だらしなさっぷり」を辞める自信がない。

初めて私が他人に「だらしない」という言及対象となった日の事を思い出した。
幼稚園の「すみれ組」だった頃だ。
爪検査で担任のツネカワ先生に「だらしない。切ってきなさい。」と言われた。
ツネカワ先生は私の両手の甲に、マジックで大きなバツ印を付けた。
×、×…。

当時、私の爪の管理をしてくれていたのは母親だった。
弟を妊娠して身重だった母親は、きっと私の爪のことまで構っていられなかったのだろう。
私の爪は「だらしない」レベルまで伸びていたらしい。

幼い私は母親まで「だらしない」と言われたようで大変悲しかった。
帰るとき、子供たちは園内のテラスで迎えに来る母親を待つ。
他の組の園児や先生もテラスに混在していた。
そのとき、「手にバツ印を書かれた人!手にバツ印を書かれるなんて恥ずかしい事なんだから、ポケットに手を隠しなさい。」というツネカワ先生の言葉がテラスに響いた。
私は言われるようにした。
ただただ母親の迎えを待って、園の門を凝視していた。

やがて他の母親たちに混じり、藤色のワンピースを着た母親の姿を発見した。
私は母親目掛けて駆けていった。
悔しさと恥ずかしさ、悲しさが混合し、涙になった。
驚いた母親のワンピース越しの太腿の温かさが、頬に伝わった。

あの事が切欠になったのだろうか。
今の私の爪は布団干しもできないぐらいの長さを保たれ、常にマニキュアを欠かさない爪になった。
ネイルサロンに行くと「これ、スプラクチャーじゃないんですか?」と言われる。
基本的には青みがかったパールピンク。冬はボルドーっぽい色。
結婚式の二次会に呼ばれたときはピンクと白のマーブリングにしたりする。

…爪の手入れをする度にツネカワ先生を思い出す。

こんなご自慢の爪だが、世間にはツネカワ先生みたく「だらしない」って見る人もいるんだろうなぁ。
自分で自分を「だらしない」って言うのと、他人から言われるのとではどうしてこうも感情が逆のベクトルに作用するんだろう。
不思議。

「だらしない」って言われても、切らないけど、爪。


…っていうか、「だらしない」の反意語って何なんだろう?
「だらしある」なのかな。
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自分よ、早く戻れ

2005年07月27日 22時23分50秒 | Weblog
「気にしないことにした。」
「気にしないことに決めた。」
…その台詞、今日何回目?
何度も心の中で呟いてしまうのは、気にしている証拠じゃん.。
強さを装う己の弱さ。
どこかに飛んでいけ!

強がりは苦手。
強がらないでいられるようになったら、その時が、ありのままの自分に戻れる時。
自分よ、早く戻れ。
己の真ん中に戻っておいで。

私が私らしくいられるように。
強がらなくてもいいように。

本当の笑顔をつくれるように。

夜と朝の間

2005年07月27日 04時04分52秒 | Weblog
こんな時間に、…投稿。
台風接近を恐れ、定時に帰り、
コンビニで購入した「うなぎ弁当」を食べ…健やかな眠りに落ちた。

普段、お風呂に入って、コンタクトレンズを外し、目覚ましをセットしてから
…気合いを入れて寝ようとするとなかなか眠れないのに、
「ちょっとだけよ」的惰眠にはすんなり落ちてしまう。

目覚めたら、ロケットは無事発射し、台風も落ち着いていた。
夜でもない朝でもない、世間から離れた不思議な時間。
夜と朝の間に挟まれ、私は困惑している。
眠いのか、眠くないのかもよくわからない。

静かな時間。
キーボードを叩く音だけが部屋に響く。

これから寝て7時に起きられるかなぁ。

露心 ~つゆごころ~

2005年07月25日 23時47分30秒 | Weblog
細い光と、細い雨のシンフォニーが蒸し暑さを連れてきた。
いかにも夏っぽい。
マクドナルドでご飯。Mサイズのセットで380円。
…デフレの波を感じる価格だ。

ポテトを頬張っていると、足の悪いおばちゃんが杖をつきながら私の席の隣に近付いてくる。
…とっさに気付かない振りをする。
人がいっぱいいるのに、人と人の繋がりを否定するクールな…日本語で言うと「冷たい」ルールが基本のこの街で、私は知らず知らず「クール」な、…日本語で言うと「冷たい」人間に染まっているのかもしれない。
いや、染まらないと他人に笑われる気がして、そうなろうとしているのだろう。
おばちゃんは私の隣の席の椅子に腰かけようとする。高い椅子だ。
置いた杖がテーブルから滑り落ちる。
見ていられない。
杖をつき始めて間もない人なのかもしれない。無器用すぎる。
私は杖を拾う。
「ありがとう。優しい人がいると生きやすいわ。」
「いえ、そんなことないです、私は…」
「優しい人ばかりじゃないんだもん、この世の中。意地悪されることだってあるんだぁよ(少し江戸っ子口調)」
すぐ、連れの旦那さんが来たから「どんな意地悪されるんですか?」と聞けなかった。
クールルールの線を思わず越えてしまった自分はこれ以上、そのルールを打ち破る勇気はなかった。
おばちゃんたちは少しお喋りして、杖を持って帰る支度をした。

帰り際「じゃあね」と、おばちゃんは言った。
「さようなら、お気をつけて」
私は三割増の大きな声で言う。
背中を向けながら手を振るおばちゃんの姿を見ながら。

私…私が優しい?
そんなことないの。
偽善者なの。わがままでいいかげんで切れやすいの。
仮面被っているの。外面だけ良いの。愛想振り撒いて世の中渡って来たの。自分以外の他人にはあまり興味ないの。
それが私なの。…ごめんね、ごめんね、おばちゃん。

本当の優しい心を持った人に、本当の優しさをもらってね。

おばちゃんの後姿を見届けると、少し涙がでた。
蒸し熱い熱帯夜は、マックの紙コップに露が目立つのと同様、私の涙腺をも緩めるのかもしれない。


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「嫁」から「娘」へ…

2005年07月24日 22時25分14秒 | Weblog
母の懐。
安眠を許してくれる揺り篭。
人生について考える時に、ふと立ち寄りたくなる古巣。
母校とはそういうものだと私は思う。
いくら滑り止めだった学校でも。

我々は出身校を父校とは言わず母校と呼ぶ。
「母」を使うのはやはり出身校を如何なる時も自分を守ってくれる母、
若しくは「田舎のお袋の味」的な癒し効果のある物になぞらえたいからなのだと思う。

そんな母性に抱かれたく、母校に向かう昼下がり。
川越線、東上線を乗り継ぎ到着。

外交的な性格ではないため、一人でいることが多かった学生時代。
それでも沢山の人と同じ空気を共有できた四年間。
試験前にしか交流を持たなかった「友達」。
就職ガイダンスで隣の席になり、電話番号を交換をしただけの「友達」。
アドレス帳に住所と電話番号を書き合いした「友達」の「友達」。
(当時は携帯電話があまり普及していなかった)。
パソコンルームに行くと必ず会えた、「授業はどうしたの?」的な「友達」。

今でも深く付き合ってくれている友達も多いけど、
アドレス帳に個人情報を書いてくれた「友達」のほとんどとは連絡をとっていない。
あの人たちはどこで何をしているのだろう。

母校の最寄り駅ホームに着く。
学生っぽい人を見ると、知り合いかな?と思ってしまう。
…いや、そんな筈はない、すぐに打ち消す。

住宅街を抜けるように歩くと、母校はひっそりと佇んでいた。
少し高めの学費でできた新しい建物、…中には入れないので遠くから確認する。

風が髪を揺らす。
あたたかい湿った空気はあの頃と変わらないのか、変わったのか。


大学近くの馬車道へ。
ここは明治時代のコスプレさながらの袴姿のウェイトレスが給仕してくれる。
値段もそこそこで味もよく、学生時代にたまに来ていた。
空いている時間だったのか、客はあまりいない。
袴姿のウェイトレスが一人、…元気が良い。若さなんだなぁーっと思う。
思わず声を掛ける。
「ここに来るのは五年ぶりなんですよ」
「…はい?」
「そこの学校の学生でして…」
「私もです!私は、今年できた新しい学部の者です。先輩は?」
「商学部だったの。」

…後輩発見。
会社にも何人か後輩がいるが、なんか可愛いんである。

私はもう、あそこの人間ではないけど、たまには実家に戻り、
会社に嫁いだ「嫁」の身から「娘」に戻るのも良いもんだ。


昔の自分を知ることは今の自分を大切にすることに繋がっている、
もしくは今の自分を生きることの一歩なのだ…と、私は信じている。

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ROSIER

2005年07月23日 23時59分13秒 | Weblog
「揺れて揺れて今心が~何も信じられないまま~」
河村隆一が頭の中で流れる土曜日の夕方。

…地震発生!!

揺れた。本当に。

私は寝ていた。
一回12時頃に起きたのだが、体がダルく、二度寝中だった。

ガタガタ…ガタ…ガタガタガタガタ!

暫く横になりながら「すぐに収まるさ」と地震を見守っていたが、
棚から物が落ちた気配を感じ、「ヤバイかもっ!!」と吉熊片手に跳ね起きた。
落ちた物は「下妻物語」のDVD、積んであった本など。

余震の中、吉熊とベランダに出る。
夕方の薄い光線の中、電線がユラユラ揺れている。
区のアナウンスが「火を消しましょう」と響き渡る。

向かい側のアパートの住人らしき青年もベランダに出ている。
目が合う。
「…大きかったですね」
「…まだ揺れていますよね」
など会話した。

隣に住んでいる人とも会話したことがない今の私生活で、
向かい側の住人と会話をしたということは貴重である。
下手すりゃ土日は生で会話をしないのだから。

…そう言えば青年は河村隆一似であったなぁ。



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放浪記

2005年07月22日 23時36分05秒 | Weblog
ホテルの雰囲気が好きである。
皺のないシーツ。乾燥した空気。間接照明。
いきなりそんなことを思ったのは、夏休みのホテルを予約したから。

日常生活から隔離された異次元な雰囲気を持っているホテル。
昨夜食べたカレーの臭いもしない。
ドライヤーも電気料金を気にしないでバンバン使用できる。
普段は目にしない、アダルトビデオのパンフレットを手に取り、
「『若奥様うっふんマンボ』だって。…へぇ~」と呟きながら、ひたすら眺める。

毎年恒例の尾道旅行では、毎回同じホテルに宿泊している。
出張おじさま御用達の地味なホテルだが、
窓から瀬戸内海を一望できるのでついチョイスしてしまう。

「来年こそは情緒溢れる宿を…」と毎年思うのだが、
老舗旅館には特有の煩わしさがある。
よって、ホテルの乾いた便利さを選んでしまう。

夜、空調機の「じー…」という音を聞きながら、
ベッドに備えつけられたライトの下で林芙美子なんかを読んでいると
「嗚呼、自分は旅をしているのだなぁ」としみじみ思う。

そんな自分が…ホテルより好き。


教祖、誕生

2005年07月21日 22時23分11秒 | Weblog
今現在、精神面で瀬戸内寂聴みたいな尼生活をしている私だが、
殿方とアベックを形成していたこともあった。いや、まじで。

初めてアベックを形成したのは高校一年生。
一学期の半ばに行われた初めての席替えで、教卓の前になった私。
周囲を喋ったこともないようなナウい男子に包囲され、
今なら「ひゃっほう~」と騒ぎたくなる環境だが、
当時ナイーブだった私は心細かった。

ちょうど右隣に喋りやすそうな素朴な男子を発見。
無理矢理話しかけ、しかも変なニックネームまで命名し、
秋になる頃付き合うようになった。
地味な県立高校であったため、付き合うといっても最寄り駅まで一緒に帰るなど、
可愛いもんだった。
ナウい女子からは「地味な老夫婦みたいだね」と冷やかされた。
事実、否定できない程の地味っぷりだった。

そんな小春日和のような我々だったが、お互いの幼さ故の嫉妬心が原因でよく喧嘩をした。
それも楽しかった。トレンディー学園ドラマみたくて。
三年生になり、お互い他に好きな人ができたという地味な理由で、終焉。

寂しいからという理由のみで自分からモーションかけて、付き合った。
今考えても「恋」という甘い概念でアベックを成立させたとは言いがたい。

本当に殿方を好きになったら、
私は自分から話かけられないし、
こっそり盗み見をして脳内で「萌え死にますた!」と満足し、
話す機会があったとて緊張して挙動不審になってしまう。
気質はヤマトナデシコな電車女なんである。

勇気を絞って告白しても普段挙動不審な行動が目に付くのだろう…
相手の殿方は「…!?」と、夜道でゴーゴンに遭遇したような形相をして逃げていく。
ここ数年、そういうことがあった。
「好きな人に好き」と言ってもらえぬと人はどうなるか?

…こうなるのです。

世の中に背を向け、独りでカラオケボックスにて煙草片手に「情熱の薔薇」など歌う、いわば「悟りの境地」にいつの間にか入門できてしまうんである。
自分でも「これでいいのだろうか」と自問したんだが、
自分の生きやすい環境を追求したら、いつの間にか最終解脱できていたんである。

布教こそしないが、原理教の教祖になった私は、毎日会社で修行をし、「亮子庵」に帰り吉熊を愛でるだけの日々を淡々とこなしている。
もう寂しいからという理由で殿方にモーションかける体力もない。
好きな殿方がいたとて、「もうゴーゴンになりたくないし…」と諦め、
「片想い」と言う名の「脳内エンターティメント」に浸るのだろう。

…なんで今日は恋のことなんて思い出したんだろう。身分不相応な…。
生理二日目で邪念が入ったのだろうか。いかん、いかん。


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効かない薬ばかり 転がっているけど

2005年07月20日 22時39分46秒 | Weblog
「はたして、公の電波に生理という単語を載せていいものだろうか…。」と、
普段の思考回路なら脳味噌の検閲でボツになるんだろうが、
2005年7月20日を語ろうとすると、「生理痛」は避けて通れない。

私の生理痛は「全日本生理痛大会の関東甲信越ブロック大会」で準優勝できるぐらい、ひどい。
殿方には分からないと思うが、それはもう…言葉には表せない。
そんぐらい、痛い。
ただでさえ痛いのが嫌い、忍耐力がない私は、生理は病気だと思っている。
あらゆる市販の鎮痛剤を飲んでも、何も効かない。昔から。
以前、産婦人科でもらった痛み止め(ロキソニン)だけがよく効いた。

しかし、生理痛を和らげる漢方薬(体質改善)を飲み始めて最早2年。
そろそろ効果が表れてきて「いい感じ」と思える痛みレベルまで改善した。
が、これは不味い。不味すぎるんである。
強烈な不味さが塊になって喉を通過する時、
私は次回予告のサザエさんみたく「んがっくっく」となる。そのぐらい不味い。
最近飲むのをサボっていたら…これだよ。この有り様だよ。とほほ。

午前中から陣痛の様(経験したことないが)に、波のある痛みが訪れ、
午後は意識が朦朧としてきた。
パソコンのマウスをクリックするだけで「痛い」、瞬きするだけで「痛い」、息をするだけで「痛い」。頭の中で「痛い」のラップがエンドレスで流れる。
仕方なく私用外出を願い出て、よたよた歩き…会社の近くの産婦人科に痛み止めをもらいに行った。
当たり前だが産婦人科は妊婦がたくさんいた。
私みたいな生娘には居心地が悪く、私はかなり挙動不審になった。
「もしかして性病だと思われてはいないか?」
「もしかして中絶希望だと思われていないか?」など。
40分ぐらい待たされ心に余裕が芽生えた。妊婦を具に観察する。
みんなお腹がでかい。
私は多分この先120%懐妊→出産することはないので、ここぞとばかりまじまじとみてしまう。
「私とは違う人種なんだわ」と、ただただ思いながら。

順番が来て個室に入る。
気の弱そうな翁医者が佇んでいた。
彼は診察を強く望んだのだが、私の「だから嫌なんですってばッ」(←キレ気味…最近キレやすい)の一言でお流れ。(翁、びびっていた。ごめんよ、翁。)
ということで、ロキソニンを無事ゲット。
もうロニソニンしか私を救う薬はないんだわ…。


あとはお金と時間を作り、去勢…。
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夏のノスタルジー

2005年07月19日 23時35分40秒 | Weblog
梅雨が開けた途端、光が、風が、空気が一気に夏めいてきた。
非常階段で深呼吸をする。
湿った埃臭い夏の空気が肺に入り込む。
隣接している公園で子供達が汗を流しながら遊んでいる。
チャリンコに水泳バッグをひっかけて、鬼ごっこをしているらしい。

そうか、夏休みなんだ。
社会人になり、この季節を迎えると夏休みを失ったことへの哀愁、そして嫉妬が込み上げてくる。

ラジオ体操
朝顔
夏休みの友
プール
かき氷
夜店の金魚
盆提灯
「宿題は朝の涼しいうちに片付けなね」という母の小言。
怪奇特集「あなたの知らない世界」

…まだたどたどしい蝉の鳴き声を聞きながら、幼い頃の夏の日を想う。
しかし、思い出の縁はあまりに脆く、断片的かつぼんやりとしか思い出せない。
だらだら過ごしただけだから仕方ないか。
こんなに懐かしく夏休みを恋しがるなら、どうしてもっと真剣に夏休みを謳歌しなかったんだろう。
夏休みが無い大人達の羨望の眼差しに、どうして疑問を持たなかったんだろう。
「失ったものの大切さは失って初めて気付く」
なんていう言葉は月並みであり、よく「邪険にしていた彼女に男ができて…(その逆もあり)」という話題に用いられるが、私にとってそれに当たるのは昔の彼ではなく、「夏休み」。

ノスタルジックな夏はもう私には訪れないだろう。
ただここにあるのは「暑い日々」。
少女時代、あんなに駆けずりまわっても暑くなかったのに、今はじっとしているだけで汗が出てくる。

もう戻れない。
戻りたい。
戻りたい?

懐かしいと感じる「時」…その「時」をあの時の私は特別に意識して過ごしていたわけではない。
「今」のように。

もしかすると、数年後、「あの時はまだ20代だったのよねー。若いって良いよなあ」と
未来の私が今の私を羨望するかもしれない。

ジュクジュクと光を生み出す玉が落ちてしまった閃光花火が二度と光れないように、
時も二度と戻らない。

「今の私」は「今」を大切にしないと。

ノスタルジックな夏は、私に何かを語りかける。
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東京湾景

2005年07月18日 23時52分43秒 | Weblog
吉熊とお台場へ。
久々のゆりかもめ乗車に吉熊は興奮気味。
青海で降りて、ヴィーナスフォートに買い物。

夏休みに入ったせいか、子供が多い…。多すぎる。
少子化なんて嘘じゃないか?って思うぐらい。
歩くのに邪魔なんだよ!どけよっ。
子供って予期せぬ方向にいきなり走り出すから厄介。紐でもくくり付けておけばいいのに。

ヴィーナスフォートは室内なのにまるで西洋の路地を表現したようなアミーズメントショッピングモール。
夕方みたいな薄暗い照明。天井には空や雲がペイントされていて、照明によって夕方から夜までの様子が表現される。
学生時代の授業(実践的経営戦略論)で、夕方になると人の購買意欲は高まるといった内容で取り上げられていたなぁ、ここ。
石畳を歩き、ウィンドーショッピング。ターコイズカラーの服がよく目につく。涼しそう。

路上の売店にて素敵な髪留めを発見!
髪留めはマイコレクションの一つ。
小さい花が沢山ついていてかなりデコラティブな品。
値段もお高め。
清水の舞台から投身自殺する勢いで…
自分にご褒美ということで…結局お買い上げ♪
衝動買いはストレス発散の近道♪

帰りに本屋さんで酒井順子の新作「その人、独身?」を買った。
今、小泉八雲を読みかけなのに、さっさと浮気。
いくら読みかけの本があっても、
林真理子、酒井順子、姫野カオルコの作品は最優先で読んでしまう。
酒井順子はご存知「負け犬の遠吠え」の著者。
今日買った「その人、独身?」。
帯によると「負け犬、実践編」らしい。
休日はじっくり自分を可愛がることのみに費やす「負け犬予備軍」の私にとって、
酒井さんの紡ぎだす随筆は指標的存在。
予備軍の私がリアル負け犬になった時に慌てないようにと用意された人生の教科書だと勝手に思い込んでいる。
更級日記で「源治物語、早く読みて~」とワクワクしていた姫君同様、
私も酒井さんの作品を「今回はどんな教えを…」と、いつも楽しみにしている。

嗚呼…今宵は読破してしまいそう…。明日寝不足眼になる予感。

孤独・気侭

2005年07月17日 22時55分20秒 | Weblog
ひきこもりデー。
まさに「篭る」。
布団を干し、モノが飽和してすり鉢状態になった部屋を掃除した。
途中、昔の手紙を読み始めたり、プリクラ帖を眺めたり、シンセサイザーをいじったりしたので、終わったのは夕方。
TVもネットもつけなかったので、世界の動きとは隔離された半日だった。
ゴミ袋2個分のゴミを搾り出したのに、まだまだ汚い。
「これも能力なのだなぁ」と勝手に理由付け一服。
お腹がぐぅうと切なく鳴る。昼間、カップラーメンしか食べていないことを思い出し、化粧して、ボサボサの髪を適当にアレンジして下界に降りる。といってもコンビニエンスストアなのだが。
7時というのに空にまだ明るさが残っていて夏を感じる。

もうこんな休日の過ごし方を何年もしている。
良いのか悪いのか。
気持ち良いのか、気持ち悪いのか。
体は休まっているのか、休まっていないのか。
分からない。
ただ、楽なんである。
スナック菓子を貪るように、辞められない、止まらない…この生活。
もはや私の生活に孤独は不可欠な要素なのであろう。

世間から隔離され、仙人の様な生活。
そんな日の次の日は、下界の全てのものを充分に吸収できそうな気がする。

明日はどこかに出かけようか?吉熊。

メイク魂に火をつけろ!!

2005年07月16日 23時42分14秒 | Weblog
6日出勤最終日。まぁ休みがあるだけ賞賛に値するんだが。

化粧の件について。
相変わらず「自分の顔」で頑張っている。
今までのうのうと化粧をしていたが、今は戦うための顔創りになった。
「テロに屈しない」と胸を張るNY住民さながらである。

先日の一件で、他の女子の化粧をまじまじと見るようになった。
ここで法則発見。

「殿方と付き合っている女性は化粧が薄い。」

薄いというか、ナチュラルなんである。
しかし、玉になっていない睫やキメ細やかな肌など…
細かいディティールまで気を抜かない感じ。
…これはあくまでも推測なのだが、
自分の半径30センチエリアまで近付く殿方にもアラを悟られないように
無意識にこのように進化したのではないか。あとは…彼好み?
(因みに私は赤い口紅を嫌う殿方が好きではない。どぎつい赤い唇を見て「派手」「遊んでいそう」と言い及び腰になる殿方なんてつまらん!)

付き合っている殿方がいない女子(自分含)は、
30メートル先の獲物にまで分かるような睫(メイベリンのボリューム5倍マスカラかレブロンのダイヤルマスカラ)、鮪の赤身のような口紅(もしくはヌードベージュでグロスぬりぬりテカテカ)、肌は多少荒れていても「ファンデ塗り込めばわかんないでしょ!」というような気持が肌に現れましたと言わんばかりの蝋人形の様な肌。
遠くまで化粧効果を発揮しないと!という気持が無意識にこのような顔にさせるのかもしれない。(…この法則に則ると私も遠くにいる殿方を引きずり込もうと必死なんだなー。自分では認めたくないが。)

どちらがいいのか。
それは一概に言えることではない。
化粧というものは、各々の化粧をする意味や心理状態に合わせ、
自分が一番ベストな状態にさせてくれる一つの手段であるから。

合コンだ!→派手メイク→テンションUP!!
というように、逆に心理状態を上げる作用もある。

今日は土曜日。
毎週土曜日は顔剃りの日。鼻の下や頬、額に乳液付けて剃刀で剃り上げるんである。
怠るとファンデのノリが悪くなる。

剃っている姿は誰にも見せられない。
…こんな姿を披露したら、半径30メートルエリアに殿方は寄ってこないだろうなあ…。

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