中国迷爺爺の日記

中国好き独居老人の折々の思い

敬老の日

2010-09-20 11:05:19 | 身辺雑記
 9月の第3月曜日は「敬老の日」。国民の祝日に関する法律(祝日法)によれば「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことが趣旨である。

 この日ができた当初は、毎年9月15日を敬老の日としていたが、2001年の祝日法改正いわゆるハッピーマンデー制度の適用で、2004年からは9月第3月曜日となった。しかし、これについて高齢者団体から反発が相次いだので、2001年に老人福祉法を改正して9月15日を「老人の日」、この日から1週間を「老人週間」とした経緯がある。この老人の日や老人週間については私はまったく知らないで来て、神戸のUさんの数日前のブログで初めて知った。取り立てて新聞などで書くこともないから、私だけでなく知らない人は少なくないのではないか。

 敬老の日にしてもただ休日が増えたというくらいの認識しかなく、高齢者施設以外に特に行事をすることもないようだ。この近辺の家庭が入っている自治会でも、何の行事もない。私の周囲には老人が多いし、広い自治会内ではかなりの数になるだろうから、少しくらいは考えても良いだろうにとは思う。各家庭でも、老人を囲んで祝うことは核家族化が進んだ昨今は少ないのではないか。まして老人の日や老人週間などには無関心なのではないだろうか。

 だからと言ってすべての老人が放っておかれているということでもないのだろうが、昨今は独居老人の増加やその孤独死、家族による虐待など、老人に関する事件や事故が多い。最近では戸籍上の超高齢者の問題もあった。一般的に高齢者の置かれている立場は厳しいものがあるのではないか。

 最近、敬老の日に合わせて電通総研が20歳から69歳までの男女700人余りを対象に行った「敬老の日にお年寄りがしてもらいたいこと」に関する調査によると、60歳以上の人が子や孫からしてほしいことは「電話」が約22%で最も多く、次いで「家を訪れる」が20%だったようで、老人の孤独さが伺い知れる。その一方で「花や植物を贈られる」がおよそ9%、「食品・お菓子を贈られる」が6%と少なかった。「贈り物」よりも「会話」や「ふれあい」が老人たちが望んでいることのようだ。

 これに対して、20代から40代の人に祖父母や親に「してあげたいこと」を聞くと、「食品・お菓子を贈る」が13%と高い割合だった一方で、老人が最も求めていた「電話」は9%程度にとどまり、祖父母世代と子や孫世代との間で意識に違いがあることが分かったと言う。調査をした電通総研では「今のお年寄りは、欲しいものは自分で買う傾向にあり、子や孫には物をもらうよりも何よりも、コミュニケーションを求めているようだ」と話しているそうだが、よく分かる。年をとると物質的なものよりも心の触れ合い、精神的な安らぎを家族に求めるものだろう。

 私は誕生日や父の日に子ども達からプレゼントされるからそれで十分で、殊更に敬老の日に何かをしてほしいとは思わない。それに子や孫から「敬老」扱いされるのも何となく据わりの悪い気分になる。

 普段子ども達は私がまずまず元気にしているので安心しているのか、電話もあまりしてこないし、私もあまりしなかったが、卒業生達とはよく会うし、中国の友人達と毎日のようにチャットや電話をするから別に寂しいと思ったことはない。便りがないのは元気な証しくらいに思ってくれればいいという気持ちだった。しかし私も齢70歳半ばを過ぎ、いつ何があるか分からない。それで週に一度くらいは「元気コール」をすることにした。私も子どもや孫達の様子が聞けるのは楽しみだ。