中国迷爺爺の日記

中国好き独居老人の折々の思い

猫の気持ち

2010-09-22 09:04:09 | 身辺雑記
 最近我が家の猫のミーシャは、よく私の側に来る。パソコンを使っているといつの間にか足元に来てうずくまっているし、夜ベッドに横になって本を読んでいるとぴょんと跳び上がってきて私の側に横になる。特に愛情らしいものは示さないのだが、そうやってよく側に来るとやはり可愛いと思う。

 『ねこのきもち』という月刊誌があるようで、新聞に広告が出ている。実物は見たことがないが愛猫家向けのものらしい。飼っている猫の様子から猫の「気持ち」を知ろうという企画もあって、それでこのような題がつけられたのだろう。猫の気持ちとは言っても、ミーシャが来てもう10年以上になるが、いまだにどんな気持ちでいるのかよく分からない。室内犬を飼っていたときには、犬には何かしら表情があるような気がしたし、例えば尻尾を振るような振る舞いからどんな気分でいるのか察することができたが、ミーシャの場合にはほとんど分からない。何しろ犬と違って猫は無表情で、どこか「我関せず焉」というところがある。ブログ友の北海道のSさんの家のゴローもマイペースらしい。

 それでも外に出すと可愛がってくれる近所の奥さんの足元に近寄って、尻尾を立てて体をすり寄せる。親愛の情を示しているように見えるが、その時はミーシャの中でどのような心の動きのようなものがあるのだろうかと考えることがある。

 夜、私の近くにやって来てニャオン、ニャオンと鳴く。その顔を見て「何だよ」と言うと、私の顔をじっと見つめながら、またニャオンと鳴く。その鳴き声と顔つきは特別で、立ち上がっていくと振り向きながら前を行き、餌を入れる容器まで来ると私の顔を見上げて、また違った「口調」でニャーと鳴く。餌はなくなっていることが多い。餌がないよと訴えに来たのだ。だからこのときも、内面にどのような感情があるのかと考えてしまう。私達が何かするときにはしばしば心の中で言葉を使っているからこのような場合には、「餌がない。言いに行こう」とでも考えて行動するのだが、猫には言葉がないだろうから、どういう感情の動きで 私に訴えに来ようとするのだろう。

 ミーシャが来てから10年以上になる。今のミーシャの尻尾よりも短い大きさだった。少し大きくなるとパソコンに向かっている私の膝に乗り、パソコンの前に前足を掛けて画面をじっと見つめている後ろ姿が可愛かった。あのような時にもいったい何を考えていたのかと思ったものだ。それからも成長するにつれてずっといろいろな行動があったが、やはり「猫の気持ち」などというものがよく分からないいままに今まで来た。それでも今では何となく気心が知れるような存在になっているが、ミーシャはどうなのだろう。やはり私に親愛の情を抱き、私の側にいると気持ちが落ち着くのだろうか。


           思案中?