加藤文太郎の記念館

2018年11月02日 | 但馬の建物
  ミシガンは、勢いよく回転する赤いパドルで進みます


(但馬ふるさとづくり協会転載許可済)
平成30年 第13回但馬検定(3級)問題より

【82】「加藤文太郎」は、新温泉町出身の登山家で、その生
涯が著書「孤高の人」により多くの人々に感動を与えてい
ますが、同氏を顕彰し、山をイメージして建設された公共
施設は、次のうちどれでしょうか。

(a) 町役場   (b) 文化ホール   (c) 図書館   (d) 駅


 加藤文太郎の山登りの業績を顕彰して建てられた建物は、
「加藤文太郎記念図書館」です。

記念図書館には、スキーをはじめとする登山用具などの遺
品や、新田次郎氏の名作「孤高の人」の資料などがたくさ
ん展示保存されています。

答えは、(c)の図書館です。

大正昭和の時代に「単独行の加藤」と呼ばれた登山家は、
新温泉町浜坂生まれの加藤文太郎です。

加藤文太郎は民間企業に勤務する一民間人で、登山家とし
てはタブーとされていた単独行での登頂がすべてでした。

作家・新田次郎は中央気象台に入庁し、富士山観測所に勤
務していました。
新田氏が交代勤務で富士山観測所に登る途中、富士山に登
山で登ってくる加藤文太郎に出会います。

五合目付近だったそうです。

単独で駆け足の速さで登ってくる加藤を見て、「天狗のよ
うだ、なんという速さで駆け登ってくる登山家は」と新田
の脳裏に焼き付いたそうです。

加藤と新田、二人の偶然の出会いはこの富士山の五合目の
時一度だけです。

後になって、加藤文太郎の生涯を描いた作家・新田次郎氏
の名作「孤高の人」が生まれ出版されます。

多くの人に感動を与えた加藤文太郎の登山家としての人生
は、昭和11年わずか30歳の時、猛吹雪の槍ヶ岳で生涯
を閉じました。


『なめくじら』

 ケンちゃんは「ナメクジ」って知ってるね。「カタツムリ」
って知ってるね。

「ナメクジ」は、「カタツムリ」の殻がなくって、ヌルヌル
と這い回る、少しジメジメした所の木の下なんかにいる奴な
んだわ。

「ナメクジ」って言うね。

その「ナメクジ」を、但馬の人はどうしたわけか「なめくじら」
って言うの。
なぜか分からんけれど「鯨(くじら)」になってしまったの。

「裏の庭のジメジメしとるとこ、そこの転がっている木をよけ
たら、なめくじらがよ~けおったで。
気持ちわり~わ、なめくじらは」なんて言うときに使うね。

「ナメクジ」って言えばいいところを、なぜか但馬では「なめく
じら」なんだね。