落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(46) 

2013-08-03 12:11:52 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(46) 
「女がいるのは当たり前。群馬は女性上位の国だぜ、と笑うやつ」




 「女性団員がいるのか。お前さんの消防分団には・・・・」



 2台目の消防車両から降りてくる制服団員のお尻の部分が、ふくよかすぎることに気づいた
康平が思わずもう一度視線を戻し、その後ろ姿をあわてて再確認をしています。
男子とまったく同じ制服ですが、制帽からはみ出た長い髪と胸のふくらみが、
如実に女性であることを物語っています。



 「もう珍しくなんかねぇ。うちには2人だが、別の分団には5人もいるところがある。
 3人寄ればかしましいと言うが、2人でもけっこう手を焼く。
 男女雇用均等法の時代だ。時節には合っているし、けっこういい目の保養にもなる。
 刺激を受けるせいで、男子団員どもの『やる気』におおいに差が出てくる。
 男は女がいるというだけで、単純に頑張りはじめる生き物だ。
 お前も嫁をもらったら、分団に入れろ。
 分団長の俺様が、じきじきに面倒を見てやるからな。むっふっふ」



 「断る。それとは別の話だが、お前、
 千尋という女の子のことは知っているか?。京都から来たという子だ。」


 「おう。知ってるぞ。
 徳爺のところで、黄金のカイコを育ててもらっている例の女の子だろう。
 何度か見たことはあるが、そこそこといえる美人だぞ。
 といっても、うちの双子の美人姉妹に比べれば、足元にも及ばないがな。
 そうか。美和子をようやく諦めて嫁をもらうつもりになったか、
 ついにお前も」



 「そういうわけじゃない。
 ただ今回のことをきっかけに、なんだか俺たちを合わせようという思惑があるようだ。
 今の時代に見合いは、流行らないと思うんだが」


 「もう最後とも言えるお節介だろう。そのうちに誰も気にもしなくなる。
 おふくろさんだって、お前が所帯を持ってくれれば肩の荷が下ろせて楽になる。
 いいじゃねぇか。親孝行だと思って普通に見合をいしてやれば」


 しかしなぁ・・・と康平が目を転じかけたとき、
また消防車両のひときわ甲高いサイレンの音が、下の道から響いてきました。
どうやら先着をした2台の消防車両の後を追い、別の分団の車両が追走をしてきた模様です。
タバコをくわえかけた五六の表情が瞬時に固まり、青ざめてしまいます。



 「やべぇなぁ・・・・あれは3分団のサイレンだ。
 まいったなぁ。今言ったばかりの、女が5人もいるという分団さまのお出ましだ。
 面倒なことにならなきゃいいが、・・・・」


 眼下の道路へ現れた3分団の消防車両は、サイレンを鳴らしたまま
坂道をこちらへ向かって、全速力で駆け上がってきます。
最後尾へ到着をした消防車両の運転席からは、制帽をあみだにかぶった女性隊員が、
長い髪をかきあげながら、ヒョイと顔をのぞかせます。



 「五六。朝からいったい何の騒ぎなのよ。
 緊急出動の通報は入っていないと言うのに、おたくの車両がサイレンを鳴らして
 全開で疾走をしていくんだもの。朝っぱらから何事かと思うじゃないの。
 火事はどこ。車が2台もあるからまさかここが現場という訳では、ないでしょうね」



 「ここが現場だ。
 標的は、あの一ノ瀬の大木だ。
 少々訳があって、あの大木を狙ってポンプ操法の訓練をする予定でいる。
 悪いな。一部に手違いがあって誤解が生じたようだ。火事じゃない。
 そういう事情でそういうことだから、了解をしたらさっさと撤収をしてくれ。
 俺たちの訓練の邪魔になる」



 「へぇぇ・・・・面白そうじゃないの。
 両方で競って、先に準備が出来たほうが、放水の権利を取るっていうのはどうよ。
 幸いなことに、今朝は我が分団の5人の美女が全員揃うことになってるの。
 といっても、残りの女の子は携帯で呼んでいる最中だから、
 嫌だというのならこのまま、美女全員で揃って撤収をするけど。どうする、五六。
 いいじゃないの。あんただって5人組と交流のチャンスを作ってくれと、
 あれほどしつこく言っていたじゃないの。いい機会じゃないのさ、今回が。
 今年はポンプ操法の全国大会もあるし、こちらこそ願ってもない練習のチャンスだ。
 ねぇぇ、やろうよぉ・・・・五六ちゃん。」


 消防のポンプ操法とは、常備の消防職員や消防団の訓練の一つで、
基本的な操作の習得を目指すための、手順練習のことです。
設置された防火水槽から給水し、火災現場などを意識した火点(かてん)と呼ばれる
的をめがけて放水し、撤収するまでの一連の手順などを演じます。


 防火水槽や火点の位置、台詞や動きまでがあらかじめ決められています。
全国規模で大会(郡市大会・都道府県大会・全国大会)が行われ、ポンプとホースの
操作を速く正確に行うとともに、動きの綺麗さなどを競い合います。
採点は各動作における正確さ、及び火点の的が倒れるまでのタイムなどが減点法で採点をされ、
減点が少ないチームほど上位とされます。



 基本的な各操作の習得を普段から行うことが、火災の現場で役に立ちます。
規律のある動作や、的確な命令と行為の伝達が、火災の現場では常に求められます。
火災で混乱しがちな現場において、常に正確な操作と、命令系統を遵守した行動をとることが
消防隊員たちの、まず最初の重要な努めになります。
ポンプの基本的操作の習得や、正確なポンプ操作と水圧の管理、
(過剰な水圧で送水しないことは、筒先員の安全確保にもつながる)給水時の給管の接続、
投入時における落水や、ずれ落ちへの注意点なども問われます。


 火元とされる火点への正確な放水、危険を伴う放水中の筒先員交代の手順、
消防車両への乗車時や降車時の動き、現場における安全確認の様子なども、
採点の大きな対象になります。
ホースに沿って走るということは、何本もホースが走っている火災現場においては、
自分たちの出しているホースを見失わないためにも大切なことです。




 
 「いいねぇ。是非にと言われて断っていたのでは、俺も男がすたる。
 いいでしょう、受けて立ちましょう。
 お~い、お前ら、話はすべていま聞いたとおりだ。
 3分団の綺麗なお姉さんたちと、ポンプ操法で腕比べをすることに決まった!
 いいか、簡単に負けるんじゃねぇぞ。
 こんな時だ、上州男児の心意気と腕っ節をたっぷりと見せつけてやれ。
 おっと、やばい。うちにも女子団員がいるんだっけ・・・・
 まっ、いいか。そういうことだ。手を抜くんじゃねぇぞ、お前たち。
 相手は3年連続で、地区大会で優勝中の最強アマゾネス軍団だ。
 相手にとって不足はねぇ。さぁさぁ、準備しろ、準備。
 負けるんじゃねえぞ!」


 最後尾に付けているアマゾネス軍団にも、後方から続々と支援部隊が到着します。
分団同士のため着用をしている制服などは一緒ですが、その雰囲気にはなぜか雲泥の差が出ます。
3分団の車両の前に整列をしている女子団員5人からは、明るい色気と、きわめて健康的な
女性の笑顔が満面に溢れているのですが・・・・

 
 「大丈夫か、おい。
 一ノ瀬の消毒のはずが、なにやら妙な雲行きに変わってきたぞ・・・・。
 それにしても、女性の多い3分団には実に華があって。見るからに美しい」



 などと康平はすっかり、分団同士の
ポンプ操法対決のギャラリーの一人とすでに化しています。




 
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