からっ風と、繭の郷の子守唄(71)
「ヤキモチ焼きの白衣大観音と、ふたりの小指を結ぶ赤い糸」
伊勢崎市から郊外ののどかな道を
15分ほど走ると、前方に上越新幹線が乗り入れている高崎駅が見えてきます。
北陸新幹線の起点にもなっている真新しい高崎の駅ビルは、整備された高架とともに新しい街づくりを
すすめている高崎市の最新のシンボルにもなっています。
千尋が見つけたのは、その後方に連なる丘陵地で白い姿を見せている観音像です。
「信越線の車窓からもよく見えます。国道18号からも何度も見上げたけれど、
まだ一度も、観音様の足元まで行ったことがないのよ」
「白衣大観音」と呼ばれ、市内のどこからでも見ることができる丘の頂上に立つ観音像は、
高さは41.8メートル。重さは6,000トンにおよぶコンクリート製です。
観音像の胎内を、肩の位置まで登れることでも知られています。
1936(昭和11年)年に建立されて以来、長い間にわたって高崎市のシンボルとして愛され、
慈悲深く優しいまなざしは、まるで人々の平和を見守っているかのような印象さえあります。
だが、さすがに、康平が二の足を踏みます。
「千尋ちゃん。群馬県人のジンクスというやつを知っているかい?
結ばれる前の恋人同士が観音様を見学に行くと、ヤキモチ焼きの白衣大観音が
怒って、ふたりを別れさせてしまうんだ。
恋人同士や若い男女のデートコースには適さない場所として敬遠されているんだ」
「あら。知らないの康平くん。観音様が変わったことを。
縁結びの観音様として、クリスマスやバレンタインデーの日には、
観音様の小指から、恋人たちのために願いを叶えるという赤い糸が垂らされるのよ。
この赤い糸を求めて、恋人たちが行列を作るという噂です。
あなたって、意外なほど情報に疎い古典的な上州人ですねぇ。遅れてますよ。うふふ」
ねぇぇ、行こうよ。と甘える千尋についに負け、康平が観音山を目指します。
小指に絡む絹糸は、ふたりをむすんで切れた糸・・・・と、美和子の作詞した夜の糸ぐるまの
一節を口ずさみながらバックシートの千尋はかなりの上機嫌です。
背中へ伝わってくる千尋のぬくもりまで、いちだんと急接近をしたような感さえあります。
標高200mあまりの観音山の頂上までは、ゆるい坂道のすべてに桜並木がどこまでも続きます。
5分足らずで着いてしまう頂上からは、全方位にむけて視界が開けています。
特に、遮るものが何ひとつない観音山の頂上からは、関東平野の雄大な広がりが一望できます。
足元には高崎市のすべての市街地が広がり、北へ目を転じれば長く裾野を引く赤城山の雄姿が見え、
その麓のすべてを埋め尽くすように、前橋市の広大な市街地が横たわっています。
ひとつだけポンと槍のように突き出しているのは、最近完成をしたばかりの33階建ての群馬県庁の姿です。
またここからは、上毛3山と呼ばれる赤城山、榛名山、妙義山の山容の全てを見ることもできます。
白衣大観音の全容を足元から見上げた千尋が、あらためてその大きさに、
思わず、感嘆のため息などを漏らしています。
足元から見上げた観音様には想像をはるかに超えた大きさがあり、さらに上空30メートルの
高さにある観音様の白い小指からは、裏手側にある小さな建物に向かって、
一本の赤い糸が垂れ下がっているのが見えています。
「え?。赤い糸が見える・・・・」千尋の目が一瞬にして輝きます。
「2月14日からはじまったという『赤い糸祈願祭』はとうに終わったはずなのに、
でも不思議ですねぇ。観音様の背後には、いったいなにがあるのかしら・・・・」
期待を込めて観音様の裏手へ、小走りの千尋が消えていきます。
例年2月14日からはじまる『赤い糸祈願祭」は、観音様の小指と縁結びを願う人たちの
小指を赤い糸で結び、その願いが叶うようにと祈るものです。
祈願祭の期間中は足元にある香炉堂の屋根と結ばれており、そこから小分けに出された赤い糸が
それぞれの参拝者たちの小指と結ばれるような形をとっています。
観音様の裏手には『光音堂』という聖観音菩薩が本尊の、六角堂が設置されています。
特に、縁結び・恋愛成就・良縁成就などの祈願をすると良いと言われ、別名を「一願観音」
とも言われています。千尋が見つけた赤い糸は、この六角堂から観音様と参拝者を結ぶもので、
イベントの好評に応え、一定期間だけを延長してあえて常設化をされたものです。
すこし興奮気味の千尋が、赤い頬を見せたまま赤い糸の端を握りしめます。
運命の赤い糸とは、中国に発し東アジアで広く信じられている人と人を結ぶ伝説のことで、
中国語で「紅線」と呼ばれています。
昔からの言い伝えで、「運命的な出会いをする男と女は、生まれたときからお互いの
小指と小指が目に見えない『赤い糸』で結ばれている」といういわれのものです。
「赤い糸」の由来は、このように、なかなかにロマンチックな話です。
いかにも東洋風な趣や伝承と思いがちですが、実は日本の「古事記」や「日本書紀」にも
たびたび登場をしてきます。
その昔、イクタマヨリヒメという未婚の娘が妊娠してしまい、
両親が問い詰めると、見知らぬ男が毎晩、部屋に通って来たことを打ち明けます。
両親は一計を案じ、寝床の周囲に赤土を蒔いておき、男が忍んで来たならば、
その衣服のすそに糸を通した針を刺すようにと、娘を言い含めました。
翌朝、娘の部屋から出発した赤い糸を手繰ってみると、遠く三輪山の神の社まで続いており、
その男は、大物主(オオモノヌシ)の大神であったと判明をします。
この三輪山の伝説から、赤い糸の言い伝えが始まったと伝えられています。
また、小指は本来「契り」そのものを意味しているようです。
中国の「続幽怪録」に出てくる「赤縄足をつなぐ」という言葉が、語源だという説もあります。
韋固(いこ)という若い男が、月の夜、大きな袋にもたれて本を読んでいる老人と出会います。
その老人の持っていた大きな袋の中には赤い縄が入っていて、それは
「男と女の足を結ぶと、どんなに憎しみあっている敵同士でも、
どんな遠くに住んでいても、夫婦になってしまう能力」を持っていると言うのです。
そして、運命が見えているという老人は、その男に将来妻になるはずの女性のことを教えます。
そしてその予言通りに14年後に韋固(いこ)は、その女性と結ばれる事になったのです。
この逸話から、将来夫婦になる男女は赤い縄で足が結ばれていて、
その運命は、最初から定められていると言う伝説になりました。
結ばれているのが「小指」となったのは、話が伝承されている内に変化していったのではないか?
ともいわれています・・・・
しかし、思いがけない出来事に、当の千尋は上機嫌です。
上空30mの白衣大観音の小指から垂らされた運命の赤い糸は、すでに願い事が叶うという
六角堂を経由して、千尋の手の中へしっかりと収まっています。
くるりと自分の小指へ赤い糸を巻きつけた千尋が、上気した目で康平を呼びつけています。
気配に呼ばれ思わず近づいた康平へ、千尋が小さくつぶやきかけます。
「こんなわたしでよければ、この先も、付き合っていただけますか・・・・」
「はい。私でよければそのつもりで、います」
お願いね、とさらに小さな声でつぶやきながら、
赤い糸の先端を康平の小指へ、くるりとひと巻き、心をこめて巻き付けてしまいます。
「叶うといいですね。わたしたちの季節はずれのお願いが」と、風に揺れる赤い糸の先をたどり、
はるか頭上にある観音様の小指を見上げています。
・「新田さらだ館」は、
日本の食と農業の安心と安全な未来を語る、地域発のホームページです
http://saradakann.xsrv.jp/
「ヤキモチ焼きの白衣大観音と、ふたりの小指を結ぶ赤い糸」
伊勢崎市から郊外ののどかな道を
15分ほど走ると、前方に上越新幹線が乗り入れている高崎駅が見えてきます。
北陸新幹線の起点にもなっている真新しい高崎の駅ビルは、整備された高架とともに新しい街づくりを
すすめている高崎市の最新のシンボルにもなっています。
千尋が見つけたのは、その後方に連なる丘陵地で白い姿を見せている観音像です。
「信越線の車窓からもよく見えます。国道18号からも何度も見上げたけれど、
まだ一度も、観音様の足元まで行ったことがないのよ」
「白衣大観音」と呼ばれ、市内のどこからでも見ることができる丘の頂上に立つ観音像は、
高さは41.8メートル。重さは6,000トンにおよぶコンクリート製です。
観音像の胎内を、肩の位置まで登れることでも知られています。
1936(昭和11年)年に建立されて以来、長い間にわたって高崎市のシンボルとして愛され、
慈悲深く優しいまなざしは、まるで人々の平和を見守っているかのような印象さえあります。
だが、さすがに、康平が二の足を踏みます。
「千尋ちゃん。群馬県人のジンクスというやつを知っているかい?
結ばれる前の恋人同士が観音様を見学に行くと、ヤキモチ焼きの白衣大観音が
怒って、ふたりを別れさせてしまうんだ。
恋人同士や若い男女のデートコースには適さない場所として敬遠されているんだ」
「あら。知らないの康平くん。観音様が変わったことを。
縁結びの観音様として、クリスマスやバレンタインデーの日には、
観音様の小指から、恋人たちのために願いを叶えるという赤い糸が垂らされるのよ。
この赤い糸を求めて、恋人たちが行列を作るという噂です。
あなたって、意外なほど情報に疎い古典的な上州人ですねぇ。遅れてますよ。うふふ」
ねぇぇ、行こうよ。と甘える千尋についに負け、康平が観音山を目指します。
小指に絡む絹糸は、ふたりをむすんで切れた糸・・・・と、美和子の作詞した夜の糸ぐるまの
一節を口ずさみながらバックシートの千尋はかなりの上機嫌です。
背中へ伝わってくる千尋のぬくもりまで、いちだんと急接近をしたような感さえあります。
標高200mあまりの観音山の頂上までは、ゆるい坂道のすべてに桜並木がどこまでも続きます。
5分足らずで着いてしまう頂上からは、全方位にむけて視界が開けています。
特に、遮るものが何ひとつない観音山の頂上からは、関東平野の雄大な広がりが一望できます。
足元には高崎市のすべての市街地が広がり、北へ目を転じれば長く裾野を引く赤城山の雄姿が見え、
その麓のすべてを埋め尽くすように、前橋市の広大な市街地が横たわっています。
ひとつだけポンと槍のように突き出しているのは、最近完成をしたばかりの33階建ての群馬県庁の姿です。
またここからは、上毛3山と呼ばれる赤城山、榛名山、妙義山の山容の全てを見ることもできます。
白衣大観音の全容を足元から見上げた千尋が、あらためてその大きさに、
思わず、感嘆のため息などを漏らしています。
足元から見上げた観音様には想像をはるかに超えた大きさがあり、さらに上空30メートルの
高さにある観音様の白い小指からは、裏手側にある小さな建物に向かって、
一本の赤い糸が垂れ下がっているのが見えています。
「え?。赤い糸が見える・・・・」千尋の目が一瞬にして輝きます。
「2月14日からはじまったという『赤い糸祈願祭』はとうに終わったはずなのに、
でも不思議ですねぇ。観音様の背後には、いったいなにがあるのかしら・・・・」
期待を込めて観音様の裏手へ、小走りの千尋が消えていきます。
例年2月14日からはじまる『赤い糸祈願祭」は、観音様の小指と縁結びを願う人たちの
小指を赤い糸で結び、その願いが叶うようにと祈るものです。
祈願祭の期間中は足元にある香炉堂の屋根と結ばれており、そこから小分けに出された赤い糸が
それぞれの参拝者たちの小指と結ばれるような形をとっています。
観音様の裏手には『光音堂』という聖観音菩薩が本尊の、六角堂が設置されています。
特に、縁結び・恋愛成就・良縁成就などの祈願をすると良いと言われ、別名を「一願観音」
とも言われています。千尋が見つけた赤い糸は、この六角堂から観音様と参拝者を結ぶもので、
イベントの好評に応え、一定期間だけを延長してあえて常設化をされたものです。
すこし興奮気味の千尋が、赤い頬を見せたまま赤い糸の端を握りしめます。
運命の赤い糸とは、中国に発し東アジアで広く信じられている人と人を結ぶ伝説のことで、
中国語で「紅線」と呼ばれています。
昔からの言い伝えで、「運命的な出会いをする男と女は、生まれたときからお互いの
小指と小指が目に見えない『赤い糸』で結ばれている」といういわれのものです。
「赤い糸」の由来は、このように、なかなかにロマンチックな話です。
いかにも東洋風な趣や伝承と思いがちですが、実は日本の「古事記」や「日本書紀」にも
たびたび登場をしてきます。
その昔、イクタマヨリヒメという未婚の娘が妊娠してしまい、
両親が問い詰めると、見知らぬ男が毎晩、部屋に通って来たことを打ち明けます。
両親は一計を案じ、寝床の周囲に赤土を蒔いておき、男が忍んで来たならば、
その衣服のすそに糸を通した針を刺すようにと、娘を言い含めました。
翌朝、娘の部屋から出発した赤い糸を手繰ってみると、遠く三輪山の神の社まで続いており、
その男は、大物主(オオモノヌシ)の大神であったと判明をします。
この三輪山の伝説から、赤い糸の言い伝えが始まったと伝えられています。
また、小指は本来「契り」そのものを意味しているようです。
中国の「続幽怪録」に出てくる「赤縄足をつなぐ」という言葉が、語源だという説もあります。
韋固(いこ)という若い男が、月の夜、大きな袋にもたれて本を読んでいる老人と出会います。
その老人の持っていた大きな袋の中には赤い縄が入っていて、それは
「男と女の足を結ぶと、どんなに憎しみあっている敵同士でも、
どんな遠くに住んでいても、夫婦になってしまう能力」を持っていると言うのです。
そして、運命が見えているという老人は、その男に将来妻になるはずの女性のことを教えます。
そしてその予言通りに14年後に韋固(いこ)は、その女性と結ばれる事になったのです。
この逸話から、将来夫婦になる男女は赤い縄で足が結ばれていて、
その運命は、最初から定められていると言う伝説になりました。
結ばれているのが「小指」となったのは、話が伝承されている内に変化していったのではないか?
ともいわれています・・・・
しかし、思いがけない出来事に、当の千尋は上機嫌です。
上空30mの白衣大観音の小指から垂らされた運命の赤い糸は、すでに願い事が叶うという
六角堂を経由して、千尋の手の中へしっかりと収まっています。
くるりと自分の小指へ赤い糸を巻きつけた千尋が、上気した目で康平を呼びつけています。
気配に呼ばれ思わず近づいた康平へ、千尋が小さくつぶやきかけます。
「こんなわたしでよければ、この先も、付き合っていただけますか・・・・」
「はい。私でよければそのつもりで、います」
お願いね、とさらに小さな声でつぶやきながら、
赤い糸の先端を康平の小指へ、くるりとひと巻き、心をこめて巻き付けてしまいます。
「叶うといいですね。わたしたちの季節はずれのお願いが」と、風に揺れる赤い糸の先をたどり、
はるか頭上にある観音様の小指を見上げています。
・「新田さらだ館」は、
日本の食と農業の安心と安全な未来を語る、地域発のホームページです
http://saradakann.xsrv.jp/