落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(54) 

2013-08-12 06:07:05 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(54) 
「山菜の天ぷらのあとには、目にも鮮やかな『おかひじき』のサラダ」





 『美味しい~』を連発しながら千尋が山菜の天ぷらを平らげていきます。
本人が食いしん坊だと自ら自負するだけあって、その食べっぷりも実に見事です。
ただし、2品目からは手掴みではなくちゃんと箸などを用いています。
流れるような箸の使い方をする、千尋の手元へ康平の目がクギ付けになります。

 「あら。ごめんなさい。美味しさにつられて箸が止まりません。
 駄目ですね、やはり食いしん坊は意地汚くて・・・・」


 「こちらこそ失礼しました。綺麗な箸の使い方につい見とれてしまいました。
 綺麗なだけでなく、とても正しい箸の持ち方です。
 箸使いの基本は、食べ物を摘んで口元に運ぶときの所作が美しいことです。
 正しい持ち方は、それだけで箸の機能をひきだしてくれますので、無理がありません。
 小さなうちに身につければどうということはありませんが、
 毎日のことですので大人になってからの矯正は、かなり難しいものがつきまといます。
 正しい形と、正しい修練の積み重ねが、美しい箸の所作を生み出します。
 それもまた例の呉服屋さんの時代に、身につけたものですか?」


 「はい。躾を受けました。
 せっかく着物を着て、華やかに変身をしたとしても、
 肝心の箸の使い方が乱れていたのでは、日本美を誇る大和撫子にはなれません。
 背筋を伸ばして着物を着ること。
 常に明るく、元気にお返事をすること。
 正しく箸を持ち、お作法を守ってお食事をすることの、3つを教わりました。
 でも、先ほどの指をつかってのつまみ食いが、私は一番美味しいと実感をしました!。
 そういえば和食の職人さんは、小豆などを用いて箸使いの習得をすると、
 聞いた覚えがありますが、それは本当の話ですか?」



 「和食はそのような世界だという、例え話のひとつです。
 指先での感覚と同様に、箸の先端部分から伝わってくる信号を大切にします。
 さすがに温度は感知できませんが、硬さや柔らかさは、瞬時にわかるようになります」

 
 「触れただけで、硬さが判断できるのですか?」


 「全てにおいて味見をし、完成度を確認するわけではありません。
 目で見た感じだけで、最終的に判断をする場合もあります。
 また、指でいちいち触るわけにもいきませんから、箸先で軽く触れて確認をします。
 さらには完成を、音で聞き分ける場合などもあります。
 いずれにしても職人さんの仕事は、感性とともに、5感の全てをつかいます。
 箸から正しく信号が伝わってくるのも、正しい箸の持ち方をしているから出来ることです。
 何事においても、基本を正確に身につけるということが大切です」


 「同感だと思いです。
 でも、和風のお仕事に関わるみなさんほど、一様に似たようなことをおっしゃます。
 とくにその道の職人さんになればなるほど、強い『こだわり』などをお持ちです。
 康平さんも、なにか特別のこだわりをお持ちですか?」


 「難しい質問ですねぇ。
 美味しい水と、採れたての瑞々しい食材さえあれば、
 いつでも美味しい料理は生まれてくると、かたくなに信じています。
 野菜作りのプロである農家が、丹精をこめて作り上げた採りたての野菜は格別です。
 畑で直接食べる野菜の味には、驚きを通り越して、感動さえ覚えます。
 野菜嫌いな子供たちを畑へ連れて行き、一列に並べて、採りたての野菜を
 片っ端から、次から次へと食わせてみたいと考えています。
 ピーマンが嫌いだ。人参が嫌いだという子供たちに、もぎたてのピーマンや
 掘りたての人参を、水洗いしただけで口の中へ放り込みます。
 多分、一発で、子供たちの野菜嫌いは治ります。
 本物の採れたての野菜には、それほどまでの説得力があります。
 採りたてのみずみずしさの中には、野菜本来の美味しさと栄養がぎゅっと、
 溢れんばかりに詰まっています」



 「康平は『自然派』だと言っていた、五六さんの説明の意味がそれで理解できました。
 あら。こちらは、実に鮮烈な緑色の美味しそうな野菜です!
 はじめてみる野菜ですが、そちらは一体なんですか?」


 カウンターの上へ出されたのは、旬の野菜をたっぷりと盛り込んだ特製のサラダです。
中央の部分で鮮やかな緑色を見せ、キラリと輝いている海藻のような野菜が
『食いしん坊』を自認する千尋の目を、一瞬にして惹きつけました。



 「おかひじき、と呼ばれる野菜です。
 海で採れるひじきなどに良く似ていますが、れっきとした陸地で採れる野菜です。
 比較的安価で、その割に栄養豊富な野菜です。
 マヨネーズに辛子を混ぜたピリ辛系か、わさび醤油のドレッシングなどがお勧めですが、
 鮮度にこだわった採りたてですので、軽く塩を振っただけでも十分です」


 「おかひじき」の名称はその名前の通り、
形状が海草のひじきに似ていることから、名前が付いたといわれています。
本来は海岸の砂地に自生するアカザ科の野草ですが、山形の内陸部で、
特に置賜地方では昔から栽培をされてきた野菜です。
5月初旬に畑へ種をまき、6月初旬頃から収穫をされます。
生命力が強く、次々に芽吹くので夏の終わり頃まで食べることが出来る野菜です
現在はハウス栽培も盛んになり、3月下旬から11月上旬まで、市場に出回ります。
美しい緑色と、独特のシャキシャキした食感、また栄養価的にも
とても優れた食材のひとつです。

 
 江戸時代に庄内浜で取れていた「おかひじき」の種が、船で最上川を上りました。
船着場の砂塚村(現在の 南陽市)へ植えられたのが、陸地での栽培の始まりと言われています。
全国的にみても、この南陽市がおかひじきの栽培発祥の地とされています。
その後に各家庭の畑でも栽培がはじまり、山形県の代表的な夏野菜として
好んで食されるようになりました。

 
 「陸のひじき」というだけあり、カルシウムやカリウム、ビタミンA、鉄、
マグネシウムなどのミネラル分が多く、またカロテン、ビタミンCなども豊富に含まれています。
オカヒジキは、鮮やかな緑色が濃く、艶があるものが食べごろです。
オカヒジキは若い芽の部分が特に美味しいのですが、育ち過ぎると幹の部分はとても固くなり
食感などを損ねますので、下ごしらえの時に丁寧に取り除きます。
茎が太くなり、全体的に大きく成長しすぎたものは、固くなっている場合が多いので、
なるべく適正期に収穫したものを、選ぶことも大切です。


 『美味しい。やみつきになってしまいそう』と、
また千尋が目を細めて笑っています。
「野菜は、その鮮度の中に美味しさがあります」と、康平もまた嬉しそうに目を細めます。


 「かつては無農薬の野菜ばかりで、形や大きさもさまざまなことが、当たり前でした。
 ところが曲がったキュウリが嫌われ、いびつなナスは、規格外と呼ばれるようになりました。
 大きさの揃った形の良い野菜が優良品と評価され、消費者たちもそれに飛びつきます。
 しかし多くの農家は、今でも自給用の野菜を無農薬で育てています。
 無農薬のキャベツや白菜は、葉を虫に食われて、見るからに穴だらけです。
 化学肥料と農薬によって生産をされた野菜には、虫どころか、蝶々さえ集まりません。
 虫さえ食わないそんな野菜が、美味しいはずがありません。
 その『おかひじき』も、五六が自家用に育てた、自慢の野菜のひとつです。
 美人の双子姉妹に、安全な野菜で育ってほしい願っている、親心などが込められています。
 そう言う意味では五六もまた、『こだわり』をもった
 本物の、野菜作り職人のひとりです」


 「異論ありません。たしかに私もそう通りだと実感します」
美しく保たれた箸先を止めたまま千尋が、同感です、とまた笑顔で頷いています。





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