落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(47) 

2013-08-04 09:37:04 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(47) 
「群馬の消防美人アマゾネスは、すこぶる陽気で少しだけ妖艶」




 「オ~ライ、オ~ライ。もう、ちょい、ちょい。OK~、はいストップ!」


 誘導員の声に導かれ、2台のポンプ車が横一線に配置されます。
五六の分団からは新兵(新入団員たち)ばかり3人に、ベテラン1人が指揮官を努めます。
美女の5人が揃うアマゾネス軍団は、ジャンケン合戦の後に4人がようやく決まり、
やがてそれぞれが、操法の準備にかかりはじめます。



 「まさか、本当に放水をするわけにはいかないでしょう。
 「操作開始」の指令から、ホースを繋ぎ最先端まで届いたら、
 その場で撤収作業へと切り返して、最後の片付けまでの所要時間をきそうという、
 今回限りの変則ルールでもいいかしら?」

 
 アマゾネス軍団一番の美女が、五六と肩を並べて競技方法の確認をしています。
どこかで見た覚えのある顔だと康平がぼんやりと見つめています。
遠くから見つめている康平の視線に気がついたのか、やがて打ち合わせを終えた美女が
くるりと向きを変え、こちらへ向かって歩いてきます。
美女の多い第3分団は、美和子の実家が有るとなり村の集落とその周辺の集落などを
主な拠点として活動をしている分団です。



 「お久しぶり、康平くん。
 今朝は美和子としっぽりと濡れて朝帰りをしたそうですね。やるじゃないの。
 ここへ来る前に美和子を駅まで送っていったけど、ご機嫌で帰っていきました彼女ったら。
 いいなぁ、君たちは、いまだにうまく付き合っているんだもの。
 あたしなんか子連れで実家へ戻ってきてから今年で、もう、まる3年目。
 あたらしい出会いを求める魂胆で、女たちを誘って消防団へ潜り込んでみたけど、
 いまどきの男どもは、まったく弱すぎて使い物にならないわ。
 酒を飲まないどころか、タバコも駄目、ギャンブルもやらないし、
 女にさえ興味を示さないんだもの。
 携帯を操って、ひたすらゲームとメールに熱中しっぱなしだもの。
 最悪です。いまどきの10代と20代前半の男どもは」


 一気に不平をまくしたてた美女が、消防の帽子を脱ぎ、頭を軽く振ります。
制帽の下で蓄えられていた長い髪が、一瞬にして狭い空間から一気に解放されます。
見事なまでの黒髪が、ふわりと大きく空中で乱舞を見せた後、美女の肩ごしにその背中へ
向かってまるで滝のように流れ落ちてきます。


(あっ。思い出した!
 映画『卒業』のチケットを美和子に届けてくれた、あの時の仲介役の女の子だ!)



 「お久しぶり。その目の様子は、やっと私を思い出してくれたようですね。
 そうよ。あん時の、あのおせっかい焼きの女子高生よ」



 笑顔の長髪美女が、お互いの肩が触れ合う距離に最接近をします。
意識をした演技なのか、康平の目の前でかきあげた長い髪からは、洗いたてと思われる
心地のよいシャンプーの香りが、ほのかに漂よってきます。
(まいったなぁ。いきなり目がくらみそうな、強烈すぎる先制パンチが飛んできた・・・)
とまどっている康平を見透かしたかのように、さらに美女が追撃の一手を仕掛けてきます。


 『暑いわねぇ。朝から』と言いながら、白い指が、制服の第一ボタンへ伸びます。
ゆっくり外されていく制服の第一ボタンの間からは、喉から胸へとつづていく女の、
秘密めいたキメの細かい白い肌が、こぼれるように垣間見えてきました。
その手の動きが、途中ではたと停まってしまいます。
思わず停止した指の動きに誘われて、康平の目がさらにその指先へと集中をします。
美女の白い指のあいだからは、成熟しきったことを告げている透き通った白い肌と、
メスの匂いが、これでもかとばかりに漂い続けています。



 「これこれ。朝だというのに、悪さもいい加減にせぬか、お前たち。
 なんの騒ぎかと思って来てみれば、消防連中がポンプ操法を競うと躍起になっておる。
 お前らはお前らで、こんなところで朝から胸など見せてイチャついておる。
 どうしたんだ。肝心のアメリカシロヒトリの消毒は?
 本題をそっちのけにしたまんま、朝から別件で騒いでおるとは、
 いったい何を考えておるんじゃ。まったく、今時の若いモンたちは」



 咳払いとともにふたりの背後へ登場をしたのは、徳次郎老人です。
驚いたのは長髪の美女の方で、あわてて元へ戻そうとして第一ボタンへ手をかけます。


 「あわてなさんな。
 それしきの仕草で康平が動揺するとも思えんが、たまの刺激もまたいいだろう。
 お前さんの方には男の経験がたっぷりと有るだろうが、康平はまだ
 女の経験はあまりないし、いまだに独身のままだ。
 しかし、今のところそれ以上は虐めるな。
 こいつには今、なぜか見合いの話が来ておるでのう」


 「えっ、本当?。康平くん。
 ・・・・見合いかぁ。それも悪くない話だ。
 でもさぁ、それじゃ美和子が泣くことになるわねぇ。いいの、それでもあんたは」



 「問題はそれじゃ。
 ゆえに男女の仲だけは、第三者が介入しにくいものがある。
 まこと。男と女の行く末などというものは、死ぬまで結果はわからぬものよ。
 うまく添えるのも運。添えぬのもまた運、どちらも運に左右をされる。
 いずれにしても男と女の1歩先のことは、誰にも見えぬし本人にも予測がつかない。
 わしは別に、康平へ見合いをすすめてはおらん。
 ただ、この大木の一ノ瀬の悲惨さを見上げて、いつも嘆いておった女の子が居た。
 この難局をうまく片付けて、この桑の木が元通りの綺麗な姿を取り戻すと、
 感謝の気持ちで康平の前へ、あの子が現れる、よいうのがおおかたの筋書だ。
 知っておるだろう、お前も。千尋という女の子を」


 「あっ。京都から来て、座ぐり糸作家を目指しているという、あの女の子か。
 桑の葉が欲しいと言って、昔、養蚕していた我が実家にも訪ねてきたという例の子だ。
 知らなかったなぁ。彼女もまだ独身なのか。へぇぇ・・・・
 ということは、美和子にとって強力なライバルが登場をしたということになる。
 面白くなりそうな展開ですね、この先が。
 そうなるとあたしの横恋慕は、まったくの無駄という結果になる訳ですねぇ。
 仕方がないなぁ。康平くんとは縁がなかったと思って、また別の男を探します」



 「それもまたよかろう。
 お前さんもそれだけの器量よしだ。男なんぞはすぐにまた見つかるだろう。
 だいいち、脇目も振らずに男へ猛アピールをしていく、その積極性がなによりも良い。
 ただしお前さんの場合、長続きしないことだけが、唯一といえる欠点じゃ。
 どうしておる、娘は。たしかもう小学校の高学年であろう」


 「来年は、中学生です。
 あたしの色恋沙汰よりも、娘の恋愛の方で
 親としてバタバタしそうな、そんな年代にさしかかりました。
 でもさぁ。ここだけの本音で、やっぱり三十路で一人寝には寂しいものがあるもの。
 別れなきゃ良かったぁ、なんて、本気で悔やむ夜もあります。
 男には懲りたはずなのに、なぜかまた懲りずに次を好きになるんだから、女は不思議です。
 ねぇぇ、おじいちゃん!」



 「そのとおりじゃ。
 なるようにしかならぬ。それが人の人生と男女の仲の運命じゃ。
 もっともそれが理解できるようになるには、わしのように80年近く生きてからの事だ。
 若いうちは路頭に迷い、せいぜい恋をして、たっぷり泣き、
 笑いながら生きていくのが良い。それが人というものを大きくする。
 そういう中で人は、ついでに子を産み、次の世代を育ててきた。
 まずは、自分のためにしっかりと生きることが先決じゃ。
 自分が信じた道を、迷わずにまっすぐに突きすすむ。それが肝心だ。
 結果というものは、後からついてくる。
 要は、なにがあろうとも決して希望を失わないことじゃ。
 そうすれば明るい未来は、必ずやってくる。
 明日は今日よりも美しい日になる。そう信じて自分の道を歩きぬくことじゃ。人生とは。
 なぁ、お若いお二人さん。あっはっはっは!」





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