落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(55) 

2013-08-14 11:15:08 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(55) 
「厚かましいお願いに、愛車フォルツァとともに動き始める康平の恋心」




 「もうひとつ、厚かましいお願いがあります。聞いていただけますか」


 箸の先端を揃え箸置きへおさめた千尋が、真正面から康平を見上げます。
身じろぎひとつせず、まっすぐな目で見つめてくる千尋の真剣そのものの表情に
思わず康平のほうが、息を潜めてしまいます。
否定ができないほどの強い意志の力を、その眼差しから感じたからに他なりません。
「はい。」と答え、頭からはハチマキを取り、小さく折り畳みながら背筋もシャンと伸ばしました。
「拝聴します」と両手を背中へ回し、すこし胸も反らします。


 「それほどまでに構えないでください。お話しにくくなります。
 私のいつもの悪い癖です。お願い事をするときに限って最初に、
 断りきれない雰囲気を作ってしまうそうです。
 3年ほど前に徳次郎さんの所へ、黄金の繭のお願いに上がった時もやはりそうでした。
 そんな真剣な目でお前さんから見つめられてしまったら、気の毒すぎて
 断わるわけにはいかなくなる。
 お前さんは人にものを頼みこむ天才だ、と、後になったから徳次郎さんに笑われました。
 ごめんなさい。まっすぐにしか前へ進めない、不器用すぎる女です」



 「あなたのように綺麗な人に正面から見つめられ、頼み事をされれば、
 おそらく・・・・みんなそういう結果になると思います。
 覚悟をすでに決めました。出来る範囲のことであれば、なんなりと応えます」


 「生糸の国の群馬の昔のことを、深く知りたいと願っています。
 安中市にある養蚕関係の施設や風穴、富岡製糸場のある周辺には、何度も足繁く通いました。
 銘仙や絹織物を生み出した伊勢崎市や桐生市は、私の安中とは正反対にあります。
 節のある赤城の糸の噂を聞いて、前橋市までやってきました。
 これから先、伊勢崎や桐生などもできるかぎり訪ねてみたいと思っています。
 とりあえず利根川の南岸には、養蚕で栄えた集落があると聞きました。
 そこには赤城型の養蚕農家をはるかに超えるような規模で、この近隣でも
 最大といわれている、大型の養蚕農家が残っていると聞いています」



 「それは、境町の島村にある大型の養蚕農家群のことです。
 群馬県内の『飛び地』のひとつで、たしかまだ、渡し舟なども残っていると聞いています。
 近くに橋がないために、高校生たちは自転車のまま船に乗ります」


 「康平さんは、そちら方面に詳しいのですか?」


 「島村から少し下流の北岸に、河川敷のゴルフ場があります。
 そのあたり一帯は『徳川』と呼ばれ、江戸幕府をひらいた徳川家発祥ゆかりの地です。
 北には、徳川家康を祀っている、世良田東照宮も建っています。
 日光にある東照宮を建て替える際、その初代のものを移築したと伝えられています。
 養蚕にまつわる古い歴史や建物などがたくさんありますが、それ以上に
 平安や鎌倉時代から伝わる東国武将たちの遺跡なども、たくさん残されています」


 「ますます素敵。どうしても訪ねてみたくなりました。
 でも、・・・・無理でしょうね。そちらへの案内をお願いするのは?」


 「構いません。
 日曜が定休ですので、その日であれば、俺の方は一向にかまいません。
 もともと、休みの日には、暇は持て余しています」


 「実は、もうひとつあるのですが・・・・」



 千尋が、なぜか上目使いで康平を見上げています。
『もう一つ有る?』どうやら千尋の本来の要望は、そちらのほうに有るようです。
おずおずと見上げる千尋の瞳からは、口には出しにくいという躊躇いの色が如実に漂っています。


 「ただし。生憎とバイクが趣味なために、車は所有していません。
 フォルツァというホンダのスパースクーターが、出かける時の俺の足替わりです。
 ヘルメットをかぶり後部座席へ座ってもらうという制約付きになりますが、
 2人乗りという形でよければ、千尋さんの都合の良い時に、
 いつでも案内をします」

 
 「そう!それなの。実はそのフォルツァというスクーターに憧れているの。
 私は2輪の免許を持っていませんが、最近はそのお洒落なスクーターをよく見かけます。
 知人に聞いたら、フォルツァというスクーターだと知りました。
 一度乗ってみたいと思っていたら、『それなら簡単だ。じゃあ康平に乗せてもらえ』と
 五六さんから来る車中で言われました。
 そうなの。それに乗りたいの。やっぱり少し変でしょう、私って・・・・」

 
 「はい・・・・少々ですが、正直に驚ろいています。
 おしとやかに見えましたので、もっと日本的な情緒がお好みかと、
 勝手に思いこんでいました。
 そうですか、スクータの後部座席に憧れがありますか・・・・へぇぇ、なるほど」


 「あさっての日曜なら、私もお休みです。
 お天気さえよければ、前橋まで電車を乗り継いで、飛んでまいります!」


 「では、午前8時に、前橋駅の銅像の前で待ち合わせというのでいかがでしょう。
 早すぎるでしょうか?その時間では」



 「はい。大丈夫です。全く問題はありません。
 二人分のお弁当などを用意をして、その時間までに駅で必ず待ってます」

 
 ホンダが発売をしたスーパースクーターのフォルツァシリーズは、
現在の軽二輪車市場においては、もっとも売れているといわれている車種です。
2007年度には、11ヶ月間にわたって販売台数がトップになるいう記録を打ち立てており、
今やビッグスクーターの定番とも言えるモデルになりました。


 現在3代目となるフォルツァシリーズですが、軽快なスポーツイメージをまとって登場した
初代は並み居るライバルたちに対して、あまり大きなアドバンテージを取れていません。
しかし、2004年に登場をした2代目フォルツァからは、ビッグスクーターに要求される走行性能と
積載能力、ルックスなどを大幅に向上させ、一大ヒットモデルへと大進化を遂げました
2007年に再びフルモデルチェンジを行い、さらにパフォーマンスを向上させ、
現在においても、軽2輪界でもっとも大きな支持を得ています。


 康平の所有するフォルツは、この3代目です。
あいかわらず旧知のバイクショップへ置いてもらいながら、休日になると
ハンドルを握り、気が向くままに市街地や赤城の山道などでの散策へ繰り返しています。
スクータの一番の魅力は、なんといっても『乗りやすさ』にあり、大きな収納力を隠し持った
車体は、買い物時などにおいてバイクなどとははるかに異なる扱いやすさがあります。


 思いがけない3日後のツーリングの話に、康平の胸は今から早くも
高鳴りはじめました・・・・





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