落合順平 作品集

現代小説の部屋。

からっ風と、繭の郷の子守唄(48)  

2013-08-05 09:46:29 | 現代小説
からっ風と、繭の郷の子守唄(48)  
「インターネットで購入をした、30万円の消防車両の意外な使い道」



 
 アマゾネス軍団と、イスラエルから来たイチローも含めた新兵ばかりの五六チームの
ポンプ操法の対決は、見事すぎるほどのタイム差をつけ、アマゾネス軍団が圧勝をしました。
大差をつけられた敗因は、相手を女と侮り、体力にまかせ勢いのみでホースとポンプを
操作をしようとした、不慣れと慢心からくる『もたつきぶり』でした。
練習不足からくる未熟さを、あからさまに露呈をさせた当然すぎる結果です。


 「あたしたちが早いのは、当然の結果です。
 『女だから』と言われたくないために、2倍から3倍も繰り返し日頃から練習をしています。
 火事場へ行けば、男も女も関係がありません。
 でもポンプ操法の競技会場へ行けば、やはり女だからと別の目線で見られてしまいます。
 体力や俊敏さに欠けるぶんだけ、練習量でおぎなってきました。
 ということで、アメヒト退治の優先権は、私たちがもらうということで
 どなたも、ご異議がありませんね」



 「おう。完膚なきまでの大差で見事に完敗だ。
 男に二言はない。最初からそういう約束だ。好きなように段取りしてくれ。
 ただし、こちらにもひとつだけ条件がある。
 これから放水をするのは、危険性の強いスミチオンの2000倍消毒液だ。
 最先端の筒先だけは、男に操作をさせてくれ。
 間違って消毒液などを浴びて、なにかあってからでは遅すぎる。
 美女を早死にさせたとあっては、彼氏や亭主たちに合わせる顔がなくなる。
 あ。ついでに言っておくが、今日の飲酒は御法度だ。身体にも悪い。
 各自、風呂へ入りよく全身を洗うこと。
 だが、いくら誘われても今夜だけは決して、夫婦のエッチには及ばぬように。
 子作りは明日に回して、今日は静かに就寝をするように。
 わかったな。農薬散布には臆病すぎるほどの用心と注意が常に必要とされている。
 それでは、女性たちを中心に、各自、それぞれの配置へついてくれ。
 おお~い。イスラエルのイチロ~。こっちへタンク車を持って来い!
 ただし、サイレンだけは、絶対に鳴らすんじゃないぞ。
 また、どこかで余計な邪魔者が入るからな」



 「ありがとう、ナイスな配慮だ。五六君。
 流石に、美人の双子姉妹の父親ともなると、女の気持ちもよくわかるようだ。
 折角の機会だから、男女のペアで消毒作業と行こう。
 やっぱり農作業というものは、夫婦ふたりの力を合わせての二人三脚だ。
 どうする五六君。あたしと組んで参加する?」


 「やめとく。
 お前さんに後ろから前からまとわりつかれたあげく、たまたま格好の良いその尻や
 大きな胸なんかに触れてみろ、俺の欲望があっというまに爆発をしちまう。
 カミさんと可愛い双子に離縁される前に、今日のところは自重をしよう」


 「わかった。了解よ。
 じぁ、近いうちのお誘いなどを、あらためてまた待つことにする」



 長い髪を器用に制帽の内側へ丸め込むと、黒髪美女が濃厚なウインクを
五六へひとつ残してから丸いお尻を見せ、持ち場へ向かってかけ去っていきます。
入れ替わるようにして、イスラエルのイチローが運転をする水槽付消防車が到着をします。
水槽付きの消防自動車とは、災害現場へ到着するとすぐにその場で放水ができるタイプの
消防車両のことで、初期段階での消火や、水利が不便な地域などでは特にその威力を発揮します。
水槽の容量が1,500リットル以上で2,000リットル未満の車両を、水Ⅰ-A型・水Ⅰ-B型と呼ばれ
2,000リットル以上の水槽を積載した車両のことは、水Ⅱ型と呼ばれています。


 「おい、イチロー。
 スミチオンの2000倍消毒液を作るから、まずは水槽を満杯にしておけ。
 それからスミチオンを混ぜ込むが、お前、どれだけの量を入れれば2000倍になるのか、
 ちゃんと、分かっているんだろうな」


 「親方。簡単ね。1リットルね。それでばっちりね!」


 「おっ。ろくに日本語ができない割に、実に正確な計算だ。
 その通りだ。ちゃんと1リットルだけを測ってタンクに投入をしてくれよ。
 間違うとあとで大変なことになるからな。くれぐれも気をつけろ。イスラエル!」

 「ガッテンね。承知だね。了解しやした、親方。俺に任せろ」


 「おいおい、五六。
 タンク車へいきなりスミチオンを放り込むのか。大丈夫かよ、そんな乱暴なことをして」



 「安心しろ、康平。
 これは俺たちが自力で調達をした、消毒用のとっておきの秘密兵器だ。
 心配するには及ばない。この辺りではよくあることだ」


 「よくあることだって? どう言う意味だ」

 「まぁいいだろう。説明するから、準備ができるまでとりあえず座ろう」



 制帽を脱いだ五六が、額へ浮いた汗を拭いながら石垣へ座り込みます。
つられて康平も、五六の隣へ腰を下ろします。
周囲を見回せば、ポンプ車の準備ができるまでの時間を潰すかのように、
木陰のあちこちで、分団の男女が入り乱れて談笑をしている姿なども見て取れます。


 「仲がいいんだ、みんな。けっこう楽しそうに談笑しているぜ」


 「当たり前だ。みんな同じ釜の飯を食う、消防の仲間だ。
 村内で火災が発生すれば、俺たちはみんなハッピを着ながら現場へ向かう。
 現場へは俺たちの他に、正規の消防署を先頭に、村内や近隣市町村の消防団なども
 一斉に消火のために駆けつけてくる。
 だが、実際に放水が行えるのは、先着をしたいくつかの消防団だけだ。
 それ以外の多くの団員は、知人を見つけては「おうっ、久しぶり~」「どげんしとった」
 「元気かや」などと、燃え盛る住宅を取り囲んで、談笑するのが関の山だ」


 「へぇぇ、そんなもんか、火災現場は」


 
 「実情は、その程度だ。
 この近辺では幸いなことに、1年あまりも住宅火災が発生していない。
 だが、住宅火災が無い代わりに、別の問題が農地のあちこちで発生するようになった。
 草が枯れた頃に発生をする『野火』と呼ばれる自然発火だ。
 原因は、急激に増えてきた耕作放棄地の拡大にある。
 雑草が伸びすぎてしまうとロータリをかけようにも歯が立たず、やがては放置となる。
 そいつに火がつくと運が悪けりや、山や林にまで燃え移ることになる。
 だから、こいつを格安で買ったんだ」


 「格安で買った?。買えるのかよ、そんな簡単に消防車両が」


 
 「役目を終えた消防車両の処分はすべて、自治体に任されている。
 海外の後発地域へ提供されるケースなどもあるが、余計な金がかかるために、
 たいていは、廃棄処分か下取りへ出されることになる。
 中にはインターネットで売り出す自治体まで登場をする。
 こいつの落札価格は30万だ。
 落札をしたその日から、こいつは俺たち専用の専用消毒ポンプ車に再就職を決めた。
 お・・・・そう言っている間に、どうやら準備が完了をしたようだ。
 それでは行こうか。いよいよ本番だ。

 ようやく、本日のメインイベントのはじまりだ」




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