1990年代にアメリカのフィギュアスケート選手として活躍するも、1994年にライバル選手にケガをさせたとして後にスケート界から永久追放された、トーニャ・ハーディングの半生を描きます。マーゴット・ロビーがトーニャを演じ、製作にも名を連ねています。監督は「ラースと、その彼女」のクレイグ・ガレスピー。
アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル (I, Tonya)
貧しい家庭で、一流のトップスケーターになるべく母親の暴力と罵倒によって厳しく育てられたトーニャは、やがて努力と才能によってトップフィギュアスケーターとして頭角を現していきます。1991年には全米で初めてトリプルアクセルを成功させ、1992年にはアルベールビル・オリンピックに出場。
ところが2年後の1994年、オリンピック選考会の会場でライバル選手であるナンシー・ケリガンが何者かに襲撃され、トーニャの元夫が関わっていたことが明らかとなります...。
ハーディング vs ケリガンのスケートバトルの過熱と、それに続くトーニャの身内によるナンシー・ケリガン襲撃事件は、全米を揺るがしたスケート・スキャンダルとして鮮明に覚えています。事件後、オリンピック代表選手に選ばれたものの動揺したトーニャが、本番で靴紐が切れたと審査員に訴える場面は、テレビで何度も放送されました。
そんな懐かしさもあって、あの事件の背景や真相を知りたいと楽しみにしていた作品です。しかもトーニャを演じるのが、ハーレイ・クインのはじけた演技が記憶に新しいマーゴット・ロビーというので、ますます期待が高まりました。ロビーは今回製作にも加わっています。
本作は、トーニャ、母親、元夫、コーチ、そして犯行を手配した友人、という関係者へのインタビューをもとに構成されていて、観客に語りかけるスタイルが舞台演劇のようでもありました。それぞれが自分に都合よく話をするので、多少の食い違いはあるものの、最後には全体像が見えてくるという作りにになっています。
事件の騒動の頃は、ハーディングの立ち居振る舞いに嫌悪を覚え、彼女が汚い手を使ってライバルを蹴落とそうとしたのだと思っていましたが、映画を見ているうちに、彼女が悪いのではない、むしろ彼女を取巻く環境が悪かったのだという同情が募り、最後には愛おしささえ感じました。
なにしろアリソン・ジャネイ演じる毒親ぶりが半端なく、コメディとしか思えないほど。それでも高いレッスン料を払い、女手ひとつで育ててきたのだから、ほんとうはトーニャのことを愛しているはず。と信じていたので、事件後のシーンには衝撃を受けました。では彼女は何のために、トーニャにスケートを続けさせたのだろう?最後まで疑問が残りました。
DV夫のジェフとの関係を断ち切れなかったことも間違いでした。トーニャの心を取り戻したくて、彼女のためにライバルを傷つけるという発想も理解できませんし、妄想癖の友人に至っては言わずもがな。結局トーニャを取巻く環境が悪すぎたことが、不幸な事件を引き起こしてしまったのだという他ありません。
それからフィギュアスケートを盛り上げるために、ケリガンをヒロイン、トーニャを悪役と仕立て上げたマスコミにも責任の一端があったと思うし、フィギュアスケートの芸術点という曖昧や採点方法や、技術だけでなく品性が求められたことなど、背景にはハーディングを追い詰めるさまざまな要因があったようにも感じました。
エンドロールの時に、実際にハーディングのスケーティングが長回しで映し出されましたが、スケートをしている時の彼女はほんとうに喜びにあふれていて、心からスケートが好きだということが伝わってきました。そんな彼女からスケートを奪ったのは何だったのか。複雑な思いが残りました。