二葉鍼灸療院 院長のドタバタ活動日記

私が日頃行っている活動や、日々の鍼灸臨床で感じたことなどを綴っていきたいと思います。

今日が最後の日だとしたら・・・

2009年11月27日 | 言葉のちから 心のちから
朝、目覚め、学校に行き勉強をし、仕事に行き働く。帰ってきて夕食を食べ、夜、眠くなったら床につく。このようなごく普通の当たり前の日常は、実は当たり前ではなく、普通の生活が実はすごく幸せなことであり、感謝してもしきれないくらいの価値ある境遇であるのです。そのことを自覚するのは自分が普通でない状況におかれてから気づくのですが、日々それを幸せと実感し、大切に時間を過ごせば人生は素敵なものになるのではないでしょうかね。

~最後だとわかっていたなら~
あなたが眠りにつくのを見るのが、最後だとわかっていたら、わたしは、もっとちゃんとカバーをかけて、神様にその魂を守ってくださるように、祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが、最後だとわかっていたら、わたしは、あなたを抱きしめて、キスをして、そしてまたもう一度呼び寄せて、抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが、最後だとわかっていたら、わたしはその一部始終をビデオにとって、毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても、わかってくれていたかもしれないけれど、最後だとわかっていたら、一言だけでもいい…「あなたを愛してる」と、わたしは伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる、でももしそれが私の勘違いで、今日ですべてが終わるのだとしたら、わたしは、今日、どんなにあなたを愛しているか、伝えたい

そして、わたしたちは、忘れないようにしたい

若い人にも、年老いた人にも、明日は誰にも約束されていないのだということを、愛する人を抱きしめられるのは、今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら、今日でもいいはず、もし明日が来ないとしたら、あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや、抱擁や、キスをするための、ほんのちょっとの時間を、どうして惜しんだのかと、忙しさを理由に、その人の最後の願いとなってしまったことを、どうして、してあげられなかったのかと

だから、今日、あなたの大切な人たちを、しっかりと抱きしめよう、そして、その人を愛していることを、いつまでも、いつまでも大切な存在だということを、そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を持とう、そうすれば、もし明日が来ないとしても、あなたは今日を後悔しないだろう。

『最後だとわかっていたなら』 ノーマ・コーネット・ワレック 作
                  佐川 睦 (訳)


この詩は、2001年9月11日、アメリカで起こった9・11事件後に世界中に配信された詩です。1989年に発表された、ノーマさんが亡き息子サムエルに捧げた詩だということです。

「今」に幸せを感じ、「今」を大切に、一日で出会う大切な全ての人へ、身近にいて当り前のようにいる最も愛すべき人へ、あたたかい言葉と、あたたかい行動で、笑顔を忘れず一日を過ごしていきたいものですね 

二葉鍼灸療院 田中良和
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