PRINCOの今日のパチパチ
Sidosso Princoちゃんの思わず拍手パチパチ記録
 



『ママがサンタにキッスした』を歌った少年は不運な一発屋としてよく話題になります。少年はいつかは青年になるのだから仕方ないと思いますけどねー。ジャクソン5のバージョンでは、マイケルジャクソンのセリフが余りにくどくて「おいおい、自分のオヤジくらい見分けろよ!」と突っ込みたくなります。パチパチ!




でもですよ、、、、もしかしてホントにサンタが間男だったら、、、、(おいおい)




もっとも日本語版ではサンタはお父さんだとばらしちゃうのだそうですが。改悪だなあ(^^;)


いよいよ師走に入り、なんだかとっても毎日が充実しております。昨日と今日で「市の谷の市」のチラシも1500枚ポスティングしました。ヒーハー。
いろんなお店でおせちの予約を受け付けていて、それを見るにつけ「そもそもおせちってそういうものか!?」と思っちゃいます。せっかく世代間の交流がはかれ、日本の文化を伝えるいい機会なのに。運動会や遠足のお弁当をお店で買うような違和感があります。それとも子どもには手を抜かないけど、大人はガマンする、っていう昨今の風潮かしら。

先日、講演会で聞いた話ですが、「大人一人と、子ども二人がいて、目の前におまんじゅうが二個あるとき、どうやってそれを分けるか」という問題で、世代ごとに明らかに答えに違いが出るのだそうです。団塊の世代以前は「大人が一個、子どもは残りを半分こずつ」が多く、それより若い世代だと何とかして二つを三等分する、今どきの親は「子どもに一個ずつあげて自分はガマンする」だそうです。自分がガマン、というのは一見美しい答えに思えますが、問題を先送りにしているだけのような気もします。
子どもにガマンを教えられないばかりか、大人はつらい→大人になりたくない、という風に思われてしまったら悲惨です。「いいなあ大人は。はやく大人になりたい」と思われた方が得策じゃないかと。

子どもに「パパ、ママ」と呼ばせている家は、いつかその問題と向き合わなくてはなりません。仮に家ではそう呼んでいても、中学や高校に入ったら友達の前では違う呼び方をするはずです。そこにまず子どもとの間に親の知らない溝ができると思うのです。問題を先送りにすればするほど、やがて素人の手に負えなくなるでしょう。
アメリカって本音と建前を非常にうまく使い分けるので、ママがサンタとキッスしても、やっぱりサンタはサンタでOKなんでしょう。日本語版の歌詞でサンタの正体をばらしちゃうのは、やはり改悪ではなく、日本人の良心がそこにあるからなのでしょうか…

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