そろそろ

路上音楽情報紙『ダダ』編集発行人・青柳文信のブログ

告白。この場所でUFOを見たのです。

2009-05-10 02:44:16 | バイク旅の空


  バイク旅報告のおまけ。前橋に行く途中で立ち寄った佐野市。
青柳さんは、この街で生まれ小学四年までこの街で暮らした。写
真の奥の方に見えるのが子供達の遊び場だった八幡さまの林。
そして、写真の中央にあるのが当日からの乱雑さを保つ材木置き
場。母親に「危ないから」としかられつつも、この材木に登って遊ん
だのだ(笑)。

  で、なぜ、こんな汚いものを見せるのか? それは、青柳さんが
唯一、UFOというものを見た場所がここだから。当時、この堆く積
まれた材木の下に「アリ地獄」がいた。それをとるために、広澤信
雄くん達と6 人位で向かった(そう言えば、ここの近くにはよく大人
が捨てたエロ本が落ちていて、「あっはぁん~」なんて言って淫ら
なポーズをみんなでマネしたっけ。笑。神社の縁の下に隠したエロ
本はまだあるかな?)。

 そんでもって、行くとたくさんの「地獄穴」があって、すげぇとか思
っていると誰かが、「あれ、UFOだよなぁ」と言う。それで、彼が指
さす東の空を見ると本当にUFOが見えた。空母みたいな葉巻型の
船体の回りを複数の甘食型の円盤が飛んでいた。これが生涯でた
った一度のUFO体験。あれって、本当に何だったのだろう?

           路上音楽情報紙「ダダ」編集発行人・青柳文信

最終日は「まぼろし」を見て。俺たち横浜じゃんのTENSAW。

2009-05-09 02:20:59 | 日々の泡立ち。


 そして、休みの最終は原宿クロコダイルのテンソー2ディズ。
高校生の時、アチキにロックという音楽の奥深さを教えてくれた
人達。ドラムのグリコが友人の葬儀にそろって出席したメンバー
を見て演奏しなければと活動を再開させたという。
これから定期的な活動をして欲しい。現在、マネジメントを務め
る気配りのできる美しい人は、「これでメンバーが落ち着けば」と
話していたが。

路上音楽情報紙「ダダ」編集発行人・青柳文信

追記・8日夜も志木市でやったと思うでしょう。もちろん演奏したのです。
面子は、ファットマン、ジョン、星さんと青柳さん。

追記2・今日、前から気になっていた白人系のスリー・ピースのロックン
ロールバンド、KITTY,DAISY&LEWISの音源を手に入れた。ポップ
でスカスカで風通しのよい音。こういうバンドをつくりたいなぁ、と。
http://www.youtube.com/watch?v=GxW3Ed7GrhQ&feature=related

追記3・明日は晴れそうなのだ。どこにバイクで行こうか。春の海という
のもよいかなぁと。さて。



三越に「忌野清志郎さん」の魂がわかれば・・・。

2009-05-07 23:36:52 | 日々の泡立ち。


  こんな事をするだろうか。写真は、6日の夜、51年の歴史に幕を
降ろした三越池袋店の店頭。建物に掲示された多くのディスプレイ
は夜のうちにはがされているのに、店のシンボルのライオンだけが
ポツンと残る。こういう事ではだめなのだ。

 三越は、これで倒産するわけではない。九州の店もこれから閉鎖
をする予定らしいが、これから再生して行かなければならない。それ
なのに、すべての店員の心を束ねるシンボルをこんな状態にしてい
る。心が感じられないのだ。この池袋の店も51年営業を続けたとい
う。この店を少なからず利用した客には、いくつかのこの店に結びつ
いた思い出がある。この店には、そういうお客の心を受け止める目、
心の置き場、他者の目を意識する心がない。これではダメだ。

 百貨店業は、テナント業ではない。利益の出るブランド店を入れ、
そこからテナント料を頂戴するのが仕事ではないのだ。原点に帰ろう。
お客さんを見て、お客さんのリアクションを見て自分の行動を決める。
人のつながりというものは、そういうもののはず。忌野清志郎さんが
亡くなって、多くの人が「清志郎」を呼ぶのは、その歌と姿勢にハート
があるから。三越だって、多くの人の心を引きつける素材がたくさん
あるはず。そして、心ある店員さんもたくさんいるはず。もう一度、
原点に戻ろう。こんなじゃだめだ。

            路上音楽情報紙「ダダ」編集発行人・青柳文信

いざ、前橋。ROGUEが歌った「壁に書かれたスプレーの文字」を探して。

2009-05-07 21:48:50 | バイク旅の空


  愛すべきビートロックのバンド、ローグと縁のある前橋に行きたか
った。だからと言って、取材目的ではない(奥野さんがこんな時期に
「取材でござい」なんて私にはできない。でも、復活の時にぜひ!)。
 前橋は、出身地である足利からJR両毛線で乗換えなしで行ける街。
そんな近くにある街でありながら、小学生の時以来一度も行っていな
かった。

http://www.youtube.com/watch?v=HaWZRAZeGL0&feature=related

 大好きな歌、「LOSE ONESELF」「GOOD TIMES」に恐らく読み
込まれた街のにおいがかぎたかった。てんで、バイクでさぁーっと。上
の写真がJRの駅前。恐らくシャッタ を降ろした店は壊され、商業ビル
が立てられたのだろう(笑)。下が、ミュージシャン御用達のサイト、「J
ギターズ」でリゾネーターとか、ギブソンのアコースティックとかブルー
スくさいギターを検索するとヒットする店、「ダストボウル」。

 同じ両毛線つながりの足利より都会で、高崎よりは少し規模が小さ
いという感じ。ただ、壁に書かれたスプレーの文字を駅周辺に探した
けれどなかったのが残念(笑)。

             路上音楽情報紙「ダダ」編集発行人・青柳文信

追記・せっかくだから、ローグ情報も少し。「いくぜ、ギンギンによぉ」の
深沢竜さんがやっていたライブハウスは、地元の方によると「かっこい
い店だったんだけど」今はないそうです。今は、その店の音響を担当し
ていたエンジニアの方が別の店をつくられたそうです。

追記2・そして、ギターマニアのために。ダストボウルさんは好感の持て
る店でした。写真のJR前橋駅を高崎方面に歩いて数分の高架下にあ
る。店の雰囲気は、足利のコグレを少し大きくした感じ(と言って何人が
わかるか? わかるよね。足利の人。笑)。楽器は、中学・高校生の初
心者から上級者までまんべんのない品揃え。そして、機種も豊富。

 特に、「がんばっているなぁ」と思うのは、ギターマニアが納得する楽器
をちゃんと押さえられている事。今、都心部の神田村を探してもなかなか
見つからないスチールのトライコーンと木製のナショナルリゾネーターとド
ブロ33Hがあった。そして、1900年代初期のものと思われるギブソンの
L-5もしっかり。店のオーナーもええ感じ。
 今度、検索でいいのがヒットしたら群馬・栃木観光とカップリングで行っ
てみるのもよいかもしれませんよ。サンキュー、やさしい前橋の人達!!
 では。



簡単な試練も越えられない「アマちゃん」は置いて行くよ。

2009-05-06 22:33:09 | バイク旅の空


 バイク旅の報告も少し。「温泉にでも入れたら。後は、気ままに」。
それだけを思って北に向かったのです。まず、たどり着いたのは、東
京から100キロ程はなれた宇都宮。

 走っている間に目についたのは、閉鎖されたガソリンスタンドとファ
ミリーレストラン。「構造不況」の象徴だ。法律にがんじがらめでセル
フ販売が禁止されていたガソリン。それは「解禁」になった途端、ビジ
ネスの構造が以前とはまったく違うものになってしまった。

 ファミリーレストランも同じ。「晴れの日の食事」の提供というスタン
スで開始されたビジネス。「晴れの日の食事」というニーズは、まだ
あるものの真空パックにつめられた食材を皿に盛り、画一的なサー
ビスしか提供できないアルバイトが出す「晴れ」に、みんな客単価
1000円を超える金額を誰もが出せなくなってしまった。

 悲しいのは、この店に勤務した人達。特に、家族を抱えた父親は
つらかったであろう。彼のがんばり、器用さ、努力、がまん・・・、す
べてが水泡に帰してしまった。私は、彼らのがんばりを信じる。だけ
ど、こういう時の子どもを抱えた母親には冷静な判断はなかなかで
きない。多くの家族が「最後の分岐点」でわかれを経験したのだと
思う。

 人生を歩いて行く事は簡単ではない。自分ではどうにもならない試
練がやってくる事もある。ならば、日々の生活の中にある「ちょっとし
たつらさ」やハードワークに耐えられないようでは生きていく事さえ難
しい。そんな甘えは、無縁のものにしなければって、走りながらまじに
なった。「閉鎖になった店舗」の数は、それは夥しいものだった。


 そして、宇都宮市街へ。あの斉藤和義さんも歌ったオリオン通りは歩
く人も少なく閑散としている。「ジャズの街」という匂いもなく、音楽の匂
いをかぎ回ってみつけたのは「宮フォーク村」の看板。ここで、最近の
宇都宮の状況でも聞こうかとビルに入ったが店主さんの都合で休業中
のご様子。作戦を変更して、宇都宮からほど近い足利に向かった。

 変更した作戦とは、ローグのゆかりの地、「前橋」に行く事。そして、
足利の温泉に入っている時、高知のきくちゃんから清志郎さんについて
の情報が入った。

               路上音楽情報紙「ダダ」編集発行人・青柳文信

追記・斉藤和義さんの地元の近くの日光街道沿いにもハード・オフ店が
あった。彼も実家に帰ってあまりにも暇だと、あの店のギターをひやかし
たりするのだろうか(笑)。




渋谷で見た。「忌野清志郎・追悼」の文字の前で跪く人。

2009-05-05 21:56:11 | 日々の泡立ち。


 忌野清志郎さんの追悼は、「のえ」と同じ佐野駅前で。
バイク旅の途中で清志郎さんの訃報に触れました。私にで
きるのは、感謝の思いを込めて歌い、歌い続ける事。

  そして、社会全体がRCを中心に回っているとも感じられ
た高校生の頃を伝える事。きっと日本全国の学校の生徒指導
の先生も、RCサクセションというバンドと忌野清志郎とい
う歌い手の存在をはっきりと意識したと思うよ。新聞に赤線
引いて名前を覚えたはずだ。あの時、俺たちの世界では、テ
レビも、雑誌も、学校でさえ、RCと忌野清志郎を中心に回
っていたのだ。

      路上音楽情報紙「ダダ」編集発行人・青柳文信

追記・今日、原宿のクロコダイルで清志郎さんとも縁のある
グリコというドラマーが太鼓を叩くTENSAWという古いバン
ドの再結成ライブの都合で渋谷に行った。たまたま入ったタ
ワーレコードの1Fには「清志郎・追悼」の文字(そうだ。
この店はかつて清志郎がギターを抱えて街頭ライブをした場
所だ)。そのコーナーの前で跪く人を見た。

 20歳前半の女性。悲しみのためか? あるいは、周囲の人
達へのアピールのためか? 理由はわからない。でも、気持
ちはわかるのよ。清志郎さんは、まぎれもなく自分の歌をつく
り歌い切って、この世の中から去ったのだけれど、彼の歌には、
「これって自分の事を歌ったんじゃないか」と感じられる作品
がいくつもあった。だから、「有名人の死」とらえられない、
あるいは、とらえたくないのだろうね。

追記2・古くからの清志郎さんのファンの間で気になるのは、
仲井戸麗市さん、新しいバンドのバンマスの三宅伸治さん、そ
して、小川銀次さんとか、かつて音楽活動を一緒にした人達が、
どう事実を受け止めているか。銀次さんは、自身のブログで気
持ちとエピソードを書いていました。三宅さんは、「ボスが見
ている気がして」と地方でのライブを予定通りこなすとブログ
に。チャボさんは、恐らく、深い悲しみの中にいらっしゃるの
でしょう。チャボさんの悲しみは、ちょっと想像ができない。
40年近く、波長がばっちり合った友達がいなくなってしま
ったのだから。

清志郎さん、新しいギターなんか見せてくれなくてもよいから。

2009-05-05 00:24:10 | 日々の泡立ち。


  旅から一次、戻りました。泉谷しげるさんもコメント
を出しているようだし、忌野清志郎さんの他界は本当の
ようですね。旅の途中で高知のきくちゃんから教えても
らって知りました。こんな日は、やってくるはずもなく
また、再度、「完全復活」って言って歌ってくれると思
っていました。残念です。

 考えてみれば、清志郎さんは、私が音楽に目覚めた時
から、ずっと、私のそばにいてくれました。テレビの世
界でよく流れる音楽以外に、もっと最高の音楽が世の中
にある事をテレビの中から教えてくれました。清志郎さ
んが、大きく方向づけたレールの上を今も歩いています。
あなたがいなかったら、今の私はない。ありがとうござ
います。本当に感謝しています。RC時代の代表作、『ヒ
ッピーに捧ぐ』にひっかけて言えば、新しいギターなん
か見せてくれなくてもよいから、戻ってきて欲しかった
(歌のスタンスとは逆の立場になるのかな。でも、彼は
人に自分のギターの話をするのが好きだった)。
ご冥福を祈ります。

    路上音楽情報紙「ダダ」編集発行人・青柳文信




本当に、歌が上手いって、こういう事!? iora

2009-05-03 03:15:05 | 路上ライブ


  この前、紹介した石井明夫さんは、みなさんの地元の
ベテランと言われる10年選手の路上のミュージシャンなら
知っている可能性のある人。しかし、今回のioraは、そう
いう認知度はない。しかし、楽曲と歌のよいグループとし
て紹介しておきたい。

 本音の話をすれば、路上には、気の利いた歌をうたうミ
ュージシャンは少ない。でも、彼女達は最高なのだ。最近
は、道で演奏する事は少なくなってしまったけれど、1週
間に一度、道端で演奏していた時は、1回だって見逃さな
いという勢いで通った事がある。そう言えば、ベテランの
シンガーソングライターの友部正人さんに彼女達の映像を
見せた時、「彼女の歌はいいね」と言っていた。ぜひ、触
れられたい。よくある路上のミュージシャン像とは違う個
性を感じる事ができるだろう。一言で言えば、「エスニッ
ク・ポップ」「オリエンタル・ポップ」という芸風かな。

     路上音楽情報紙「ダダ」編集発行人・青柳文信




不夜城、新宿のにおいを腹一杯。

2009-05-03 02:10:48 | 路上ライブ


 明日から、北の方にバイク旅に出るから、新宿
のにおいをかぎに行った。昔はね、歌舞伎町に向か
う写真の看板の下や靖国通りの中州で演奏する人も
いたのよ。バンドの人達は、騒音の問題があって、
演奏場所は限られてしまうけれど、弾き語りの人間
は、もっと演奏する場所を考えてもよいかもしれな
い。旅に出た時に、「さぁ、どこで歌おう」と考え
るように、もう一度、新宿の歌う場所も洗い直した
ら楽しいと思う。写真は撮らなかったけれど、シャ
ッターが降りた後のマイシティーの下の通りなんて
いい感じで人が通って、かつ、リラックスした雰囲
気もあるし、えぇなぁと思ったぜ。では。

  路上音楽情報紙「ダダ」編集発行人・青柳文信


だから道でギターを持った通行人に「ギター・ソロ!」と叫ぶ。

2009-05-02 03:50:35 | 路上ライブ


  左サイドでギターを弾くのが、最近、青柳さんの
話題に出る志木のジョン。彼は、この街の広場で演奏
している時に出会った。楽器を演奏する事が好きな人
は、きっかけさえあれば、道であろうが、屋内であろ
うが演奏したい。だから、演奏している時に、ギター
を下げている通行人がいたら「そこの人、ソロ!!」と叫
ぶ。本当に、好きな人はケースを開けて弾き出すの。
クレイジー!!(笑)。そういう人が好きだ。仲間になろ
うぜ。

   路上音楽情報紙「ダダ」編集発行人・青柳文信

追記・ナンか志木の街、クレイジー。今日も、「セッ
ション・デー」(笑)。今日のメンツは、ジョンと星
さん(ファットマンさん、そして、お友達のスラップ
なウッド・ベースのお方、公言を撤回してすみません。
バイク旅を1日、延ばしたので)。しかし、この街の人
達は、メジャーのレーベルやレコード会社にひろって欲
しくて、楽器を下げてやってくるわけではない。「誰か
いないかな。いたら演奏にまぜてもらいたい」とやって
くる。正に、音楽を楽しむためにくる。だから、合奏は、
自然と盛り上がるのだ。

追記・ジョンのバイク旅のスケールは、凄い。行きてぇ
と思うと翌日には、埼玉の志木市から四万十川を見るた
めに、愛車のスーパーカブを走らせる。また、北海道を
愛車で一周した事もあると言う。みんなで言おう!! クレ
イジー!! 愛すべき人なのだ。