こんにちは、駿台ミシガンです。
チェーザレ・ボルジアという人物がいます。例のレオナルド・ダ・ヴィンチと同時代の人物で、マキャヴェッリの『君主論』で言及されているのでご存じの方も多いと思います。そのチェーザレについて書かれたものを初めて読んだときに、「ラテン語のカエサルのスペイン語読み」とあり、とても不思議な気がしました。チェーザレ、カエサル、まったく違うではないですか。シーザー(英)やセザール(仏)も同様です。「あ」と書いたら「あ」と読めることばのなかで育ったので、この読み方の違いにはいまなおすっきりとしないものを感じています。
否、「あ」と書いたら「あ」と読める安心感が瓦解したのは、もっと幼い頃でした。近所の酒屋の看板に「バャリース」と書かれていたことです。米国から来た清涼飲料水の商品名なのですが、これがどうしても読めない。カタカナなのに読めない。ちょっとした敗北感を味わいました。
ことばの違いやそれを育む土壌の違いを、ここミシガンで学ぶ子たちもそれぞれの思いで感じ取っていることと思います。子どもたちのそういう思いを受け止め、ご家族と、地域と、ともに支えていく、ミシガン校は、今後もそうした学校であり続けてまいります。
駿台ミシガン国際学院 S.T