私は退院し、タクシーで自宅に戻った。そして、和子が1人で抱えている悲しみというとてつもない重荷を、一刻も早く降ろしてやらなければ、という一心で、和子の名を呼んだ。
和子は、居間のソファーに、1人で座っていた。――あの事故の前に、私を送り出した時と同じブラウスとスカートと化粧で、彼女はそこにいた。が、いつもの彼女でないのは、明らかだった。派手な色と、柄の大きな洋服を、通信販売のカタログモデルのように着こなす彼女らしくなく、半袖のブラウスのボタンが、上から2つも開いており、襟が、だらしなく胸元を見せていた。紺色のスカートは、涼しげで、ヒダのないくるぶしの少し上までの長いフレアスカートだったが、深いシワが何本も刻まれていた。
はげかかった化粧の下の和子の顔は、私が彼女の肩を叩いても、何の反応も見せず、少し右に傾いたままだった。幾度となく、私は、彼女の肩を揺すり、名前を呼んだが、正気の彼女は、どこか遠くへ行ったっきり返って来る気配は無かった。私は諦めて、救急車を呼び、病院へ引き返した。
つい1時間前に私を送り出したばかりの看護婦の1人が、病院の待合室で、違う患者と何か話し込んでいた。彼女は、私が忘れ物をして戻って来たのだろう、と思い、「しょうがないわね」と言いたげに、微笑みながら気軽に近寄って来たが、移動用のベッドに寝かされている和子の様子が普通でないのを見ると、その笑みは瞬時に消え、ほんの少し急ぎ足になった。・・・彼女が、「どうかしたんですか?」と、今にも声をかけてきそうなのを見て、私は、和子の肩に添えていた左手に、ぎゅっと力を入れた。
さて、何をどう説明したらいいのだろうか。
説明すべき事柄も、手段も、わからない。“和子が普通じゃない”。私がわかるのは、ただ、それだけだった。
(つづく)
和子は、居間のソファーに、1人で座っていた。――あの事故の前に、私を送り出した時と同じブラウスとスカートと化粧で、彼女はそこにいた。が、いつもの彼女でないのは、明らかだった。派手な色と、柄の大きな洋服を、通信販売のカタログモデルのように着こなす彼女らしくなく、半袖のブラウスのボタンが、上から2つも開いており、襟が、だらしなく胸元を見せていた。紺色のスカートは、涼しげで、ヒダのないくるぶしの少し上までの長いフレアスカートだったが、深いシワが何本も刻まれていた。
はげかかった化粧の下の和子の顔は、私が彼女の肩を叩いても、何の反応も見せず、少し右に傾いたままだった。幾度となく、私は、彼女の肩を揺すり、名前を呼んだが、正気の彼女は、どこか遠くへ行ったっきり返って来る気配は無かった。私は諦めて、救急車を呼び、病院へ引き返した。
つい1時間前に私を送り出したばかりの看護婦の1人が、病院の待合室で、違う患者と何か話し込んでいた。彼女は、私が忘れ物をして戻って来たのだろう、と思い、「しょうがないわね」と言いたげに、微笑みながら気軽に近寄って来たが、移動用のベッドに寝かされている和子の様子が普通でないのを見ると、その笑みは瞬時に消え、ほんの少し急ぎ足になった。・・・彼女が、「どうかしたんですか?」と、今にも声をかけてきそうなのを見て、私は、和子の肩に添えていた左手に、ぎゅっと力を入れた。
さて、何をどう説明したらいいのだろうか。
説明すべき事柄も、手段も、わからない。“和子が普通じゃない”。私がわかるのは、ただ、それだけだった。
(つづく)