私は気が重かった。和子に気を遣いながら話をするのに疲れた訳でも、私自身話をすることで、またあの事故の直後の光景を思い出した訳でも無かった。
私は嬉しかった。単純に、和子の意識が戻って嬉しかった。それが、たとえ、あの医者や看護士のような大げさなリアクションになって表に出なくても、だ。が、和子が目覚めた驚きと喜びが徐々に落ち着きを見せると、少しずつ、自分でも気づかないうちに、自分の中に、沈んだ気持ちが大きくなってきていた。そして、気づいたのだ。・・・今の和子はもう、あの従順な和子ではない。何も言わず、何の抵抗もしない和子はもういない。私の優越感を満足させてくれはしない。―――そして、もう2度と、私は彼女を支配することはできなくなったのだ。
それが、私の言葉の端々に出ていたのだろうか。私は、1年目は初めての介護で、こんなふうに苦労した、とか、3年目の夏がどれほど暑かったか、とか、話を前後させながら、和子に語りかけていた。さっき私に飛びついてきた若い看護士が病室に入って来て、点滴の交換をし始めた時、和子は、天井を見つめながら一すじ涙を流し、ゆっくりと瞼を閉じた。私が、看護士の向かい側で座っていた丸椅子から立ち上がり、ベッドの脇に手をついて和子の流した涙を拭こうと、ハンカチを持った右手を彼女の顔に近づけると、彼女はふいに目を開け、看護士の影には目もくれず、私の手を振り払うような視線を、真っ直ぐに私に向けた。そして、つたない言葉で、私にこう言ったのだ。
「死んだ方が、マシ。」
―――彼女はそう言って、その日、再び昏睡状態に落ちた。
(つづく)
私は嬉しかった。単純に、和子の意識が戻って嬉しかった。それが、たとえ、あの医者や看護士のような大げさなリアクションになって表に出なくても、だ。が、和子が目覚めた驚きと喜びが徐々に落ち着きを見せると、少しずつ、自分でも気づかないうちに、自分の中に、沈んだ気持ちが大きくなってきていた。そして、気づいたのだ。・・・今の和子はもう、あの従順な和子ではない。何も言わず、何の抵抗もしない和子はもういない。私の優越感を満足させてくれはしない。―――そして、もう2度と、私は彼女を支配することはできなくなったのだ。
それが、私の言葉の端々に出ていたのだろうか。私は、1年目は初めての介護で、こんなふうに苦労した、とか、3年目の夏がどれほど暑かったか、とか、話を前後させながら、和子に語りかけていた。さっき私に飛びついてきた若い看護士が病室に入って来て、点滴の交換をし始めた時、和子は、天井を見つめながら一すじ涙を流し、ゆっくりと瞼を閉じた。私が、看護士の向かい側で座っていた丸椅子から立ち上がり、ベッドの脇に手をついて和子の流した涙を拭こうと、ハンカチを持った右手を彼女の顔に近づけると、彼女はふいに目を開け、看護士の影には目もくれず、私の手を振り払うような視線を、真っ直ぐに私に向けた。そして、つたない言葉で、私にこう言ったのだ。
「死んだ方が、マシ。」
―――彼女はそう言って、その日、再び昏睡状態に落ちた。
(つづく)