すずりんの日記

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小説「ある男の物語」2、老人の遺書Ⅰ⑭

2005年11月20日 | 小説「ある男の物語」
 城山さん、あんたならこう言うだろう。「奥さんは、“あなたにこんな苦労をさせながら、自分が生き長らえていく訳にはいかない。それならいっそのこと、死んだ方がマシだ”と、自分を責めていたのでしょう。」と。城山さんは、優しい人だからね。・・・しかし、それは違う。和子は、和子の目は、こう言っていた。「こんな惨めな姿を、あなたなんかに見られながら生き長らえていくなんて、そんな生き恥をさらすくらいなら、死んだ方がマシよ。」とね。私には、和子がそう言いたかったということが、あの一言で、はっきりとわかった。あの一言で、充分だった。わかったのと同時に、今まで私が味わったことの無い感情がこみ上がってきた。
 それは、和子への「憤り」だった。彼女は、わかっていないのだ。彼女が今まで生きて来られたのは、私のおかげだということを。彼女の生命を握っているのは、私だということを。・・・そこのところを、和子は、全くわかっちゃいないのだ。
 しかも和子は、本当に死にたがっているわけではない。ああやって、私の前で涙を流せば、例え自分の体は動かなくても、今まで通り、いや、今まで以上に、私を思うように動かせる。この時の和子は、そういう以前の和子に戻ってしまっていた。が、私は、そういう和子の言動を、何の不快感も無く、いや、むしろ、一種の快楽を以って受け入れていた以前の私ではなかったし、過去の自分に戻る気も、さらさら無かった。
 和子が次に意識を戻したら、彼女の口から出る言葉は、「死んだ方が、マシ」どころでは済まないだろう。彼女の言葉に射抜かれながら、私はまた、少しずつ、あの惨めな私に戻っていくのだろうか。―――そんなこと、させてたまるか。


(つづく)
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