すずりんの日記

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小説「雪の降る光景」第3章12

2008年05月17日 | 小説「雪の降る光景」
 私は、淡々と言葉を続けた。
「私は、間違っていた。」
「何をそんなに責めているんですか?」
もはやクラウスの返事は必要なかった。彼の反応に関係なく、私はただ伝えたかった。
「私たちは、どうしてお互いに一番触れられたくないことを話し合えなかったのだろうか。その部分を越えて初めて、相手の思いに応えることができたのに。」
クラウスは、身動ぎ一つせずに私の言葉を聞き入っていた。
「私は、君と、もっと対話をしたかったよ。もっと深いところで君のことを認めたかった。ナチと反ナチの立場でね。」
クラウスは、ベッドの傍らの丸イスに腰掛け、私との目線が同じ高さになったのを確認して口を開いた。
「あるいは、・・・そうすることも可能だったかもしれません。でもそうならずに今まで来たのは、それはそれなりに意味があったからだと、私は、そう信じたいですね。」
「しかし、少し遅すぎた。」
クラウスは、言葉を発せずに私に反論した。私は今にも涙を流しそうだった。無論、涙の代わりに涙腺から血が滴り落ちるように思えてならなかったが。
 私は瞳を閉じて大きくため息をついた。彼にはまだ言っておきたいことがあった。
「私がもう一度、君たちと出会うことができるのなら、その時はぜひ、君の気の合う友人として迎えてくれないか?」
彼は、私の最期を感じていたに違いない。そしてそれは私の言葉で確信に変わったのだろう。一瞬きれいに切り揃えられた自分の爪に目を落とし、再び私に向いた顔は変わらず笑顔だったが瞳は涙で潤んでいるようだった。
「大歓迎ですよ!もちろんアネットもそう言うと思います。私たち3人がそれぞれ互いを違う人間として、認め合い、そして反発し会えるような、そんな出会いをいつか、してみたいですね。」
「そうだ。私たちはいつか、遠い未来にどこかで再び出会うことができるだろう。その時までに、この長く悲しい戦争が終わり、私たちが今までずっと背負い続けてきたものが昇華してくれれば良いんだが。」
優しい、義弟の眼から、とうとう涙がこぼれて落ちた。
「必ず、必ず、そうなりますよ。絶対です。」
「そんなに容易く言い切れるのか?君は神様か?」
彼を泣き止ませたくて、私は精一杯の笑顔を彼に向けた。
「いいえ。私は、人間です。」
彼は流れた涙を拭おうともせず、胸を張った。私は一瞬体中の痛みが一斉にどこかへ消え去ったような感じがした。
「私もだよ。」
私がそう言うと、クラウスはパンくずだらけの裾で、涙を拭った。
 目を閉じると、今までほんのわずかにしか存在していなかった、人間としての私が、クラウスに思いを伝えて満足そうに病室の天井を仰いでいる私に、静かに語りかけた。あの、チャップリンも、ヒトラーも、私たちと同じ、“人間”だったのだ、と。

(つづく)

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