すずりんの日記

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小説「雪の降る光景」第3章11

2008年05月10日 | 小説「雪の降る光景」
 「放っておきなさい。ああでも言わなければアネットは泣き出してしまっただろう。彼女が泣き出してしまったら、うまく慰められる自信はあるかい?」
クラウスは、はっとして私の方へ振り向き、おどけた様子で首を横に振った。
「私もだ。」
私は、自然と笑みがこぼれるのを感じていた。クラウスには不思議に、他人を笑顔にさせる魅力があった。その魅力に、今まで私とアネットがどれだけ助けられてきたか知れなかった。いや、こんなナチス支配下の日常生活の中にあって、それはクラウス自身でさえ何度も助けられてきたに違いなかった。
 しかし、クラウスは私の座っているベッドの脇に来て、急に神妙な顔になった。
「お義兄さん、私も本当は彼女と同意見です。あなたがなぜここに居るのか、誰が見ても重病人なのになぜ誰もあなたの病名を知らないのか、・・・私も、アネットと同様にそれを聞く権利があります。それをあえて聞かないのは、私が少しばかり彼女より聞き分けが良いからと、私もあなたと同じ男として気持ちがわからないわけでもないからです。」
クラウスはいつも、気の強いアネットの傍で、パンくずや白い粉が体中についていても気にせずニコニコ笑っている、寛容な男だ。が、今は、相変わらず袖に付いた粉は気にならないらしいが、笑顔はどこかに消え去ってしまった。
「君には本当にすまないと思ってるんだ。」
「あなたにはあなたの考えがあってのことなんでしょうね。」
彼は、私を問い詰めるでもなく、どちらかというと自分に言いきかせているように淡々と語っていた。
「クラウス、私は、君が反ナチの思想を持っていることを以前から知っていた。その、反ナチの男があえてヒトラーの側近をしている男の妹と婚約した。君の、アネットへの愛情のなせる業だ。そんな君に私も好意を持っていた。私も君の思いに何か応えてあげたかった。」
「私は今まであなたに、“ナチスドイツの裏切り者”としての扱いを受けたことは一度だってありませんでしたよ。」
ほんの少し、クラウスの眼が優しく微笑んだ。彼の照れくさそうな笑みを見て、私も照れくさくなった。
「そうだ。しかし、それが精一杯だった。」
「それで充分でしたよ。」
 私は不思議と穏やかな気分だった。痛みが治まっていたわけではなかった。こうやって話をしていても、言葉の代わりに血を吐いてしまいそうだったが、たとえ血を吐いても、その血を惜しむ気にはならないだろう。


(つづく)

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