すずりんの日記

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小説「雪の降る光景」第3章15

2008年06月07日 | 小説「雪の降る光景」
 感情を抑えきれずに立ち上がったボルマンは、自分の隠し事が私にばれてほっとしたのか、急に力が抜けたように肩を落としたままイスの上に腰を落とした。
「私は君を殺さない。君が私の手を汚すほど価値のある人間ではないようだからね。」
空気は張り詰めていたが、ボルマンはまだ何かを話したそうにしていた。
「君以外に、君を殺せる人間はいるのか?」
私はボルマンにそう問われ、過去に存在していたある人物を懐かしく思い返した。
「今はいないな。唯一いた者を私がこの手で殺してしまったから。」
 彼は大きく頷くと、その言葉に満足したように、いつもの屈託の無い笑顔にほんのわずかに後悔の気持ちをのぞかせた。そして、いつしか消えるように病室から出て行った。私には彼の後姿がすっかり老け込んでしまったように思えた。まるで、死期を悟ったのは彼の方であるかのようだった。

 
 ボルマンが帰った後、私は、枕を背に当てたままずっと天井を見上げていた。
 私に、この問題の答えを出すことができるのだろうか。天井に、血まみれになったハーシェルの姿が見えた。
 どうすれば良かったのだ。あの時、私が死ねば良かったのか。英雄として殉職すれば良かったのか。
 そう。確かにあの時、ナチスとして死ぬことができていたら、クラウスの言葉を聞くことも無く、アネットの涙を見ることも無く、あの夢も、ハーシェルの存在も、そして私自身の存在も、それ以上何の意味も成さずに楽に死んでいけたに違いない。しかしあの時、私よりも先にハーシェルが死んだあの時、二者択一のもう1つの道に足を踏み入れてしまったのだ。


(つづく)

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