「エバはどうしている?」
いきり立っていたボルマンは、はっと我に返った。
「彼女は、別荘でおとなしくしているよ。」
「エバも、覚悟を決めただろうか。」
今まで自分の身の振り方しか頭に無かった彼は、エバが、自分の愛した男に最期の時にさえためらい無く付いて行く強い女であったことを今さらながらに思い出し、彼女がとっくに総統との心中を決めているであろうことを、今初めて実感した。
「ボルマン、彼女と二人で、という条件付きで総統に来ていただいたらどうだろう。総統と二人きりより、三人の方が私も和やかに話ができそうだ。」
エバは、いわゆる男顔負けのキャリアを持つような強い女ではなかった。私と同じく、アドルフ・ヒトラーの身に何かあったら迷わず自分も死に臨むというような強さはあったが、それを除いては、彼女は政治には全く興味の無い、楽観的な、唯の美しく弱々しい女であった。
彼女はアドルフ・ヒトラーを愛している。そして総統もまた、彼女のことを、自らの狂気を抜きにして思考できる唯一の存在としていた。エバ・ブラウン無くして今の総統は無かっただろう。アドルフ・ヒトラーが自らの狂気で破滅すること無く、独裁者としての今の地位を築くことができたのは、彼女を彼が愛していたからに他ならなかった。死の影が常に付きまとっている総統の傍に居て、エバの二度の自殺が未遂に終わったのは、成るべくしてそうなったに違いなかった。彼が、一国を狂気へと導く独裁者に姿を変えるのには、彼女が死ぬわけにはいかなかったのだ。
そう。それは、ハーシェルのいない今の私の生命が意味を成すものではないように、総統とエバもまた、お互いを切り離しては自らの生命は存在し得ないのだ。
1週間後、私は、二人と会うことなく病室を後にした。再び旧友の亡霊に会いに行くために。そして、自分の死に場所を見つけるために。
(第3章終わり。第4章へつづく)
いきり立っていたボルマンは、はっと我に返った。
「彼女は、別荘でおとなしくしているよ。」
「エバも、覚悟を決めただろうか。」
今まで自分の身の振り方しか頭に無かった彼は、エバが、自分の愛した男に最期の時にさえためらい無く付いて行く強い女であったことを今さらながらに思い出し、彼女がとっくに総統との心中を決めているであろうことを、今初めて実感した。
「ボルマン、彼女と二人で、という条件付きで総統に来ていただいたらどうだろう。総統と二人きりより、三人の方が私も和やかに話ができそうだ。」
エバは、いわゆる男顔負けのキャリアを持つような強い女ではなかった。私と同じく、アドルフ・ヒトラーの身に何かあったら迷わず自分も死に臨むというような強さはあったが、それを除いては、彼女は政治には全く興味の無い、楽観的な、唯の美しく弱々しい女であった。
彼女はアドルフ・ヒトラーを愛している。そして総統もまた、彼女のことを、自らの狂気を抜きにして思考できる唯一の存在としていた。エバ・ブラウン無くして今の総統は無かっただろう。アドルフ・ヒトラーが自らの狂気で破滅すること無く、独裁者としての今の地位を築くことができたのは、彼女を彼が愛していたからに他ならなかった。死の影が常に付きまとっている総統の傍に居て、エバの二度の自殺が未遂に終わったのは、成るべくしてそうなったに違いなかった。彼が、一国を狂気へと導く独裁者に姿を変えるのには、彼女が死ぬわけにはいかなかったのだ。
そう。それは、ハーシェルのいない今の私の生命が意味を成すものではないように、総統とエバもまた、お互いを切り離しては自らの生命は存在し得ないのだ。
1週間後、私は、二人と会うことなく病室を後にした。再び旧友の亡霊に会いに行くために。そして、自分の死に場所を見つけるために。
(第3章終わり。第4章へつづく)