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ごみ箱のわきに炭切る余寒かな 室生犀星
炭と余寒 は季語重なりというむきもあろうが
私には今冬一番の発見句といえる
作者にも驚いたがこれほどの句にはめったに遭遇しない
ゴミ箱のわきで炭を切る作者の渋面が浮かんでくるではないか
余寒 この一語が待春の景にも通じている
(小林たけし)
余寒(よかん)は、寒が明けてからの寒さを言う。したがって、春の季語。「ごみ箱」には、若干の解説が必要だ。戦前の東京の住宅地にはどこにでもあったものだが、いまでは影も形もなくなっている。外見的には真っ黒な箱だ。蠅が黒色を嫌うという理由から、コールタールを塗った長方形の蓋つきのごみ箱が各家の門口に置かれていた。たまったゴミは、定期的にチリンチリンと鳴る鈴をつけた役所の車が回収してまわった。当時は紙類などの燃えるゴミは風呂たきに使ったから、「燃えないゴミ専用の箱」だったとも言える。句の情景については、作者の娘である室生朝子の簡潔な文章(『父犀星の俳景』所載)があるので引いておく。「炭屋の大きな体格の血色のよいおにいちゃんが、いつも自転車で炭を運んできていたが、ごみ箱のそばに菰を敷いて、桜炭を同じ寸法に切るのである。(中略)煙草ひと箱ほどの寸法に目の細かい鋸をいれて三分の一ほど切ると、おにいちゃんは炭を持ってぽんと叩く。桜炭は鋸の目がはいったところから、ぽんと折れる。たちまち形のよい同じ大きさの桜炭の山ができる。その頃になると、書斎の大きな炭取りが菰の隅におかれる。おにいちゃんは山のように炭取りにつみ上げたあと、残りを炭俵の中につめこむのである。炭の細かい粉が舞う。……」。『犀星発句集』(1943)所収。(清水哲男)
【炭】 すみ
◇「木炭」 ◇「堅炭」(かたずみ) ◇「白炭」 ◇「備長」(びんちょう) ◇「炭挽く」 ◇「粉炭」 ◇「佐倉炭」
樹木の幹、枝を蒸し焼きにしてつくった燃料。楢、樫などがつかわれる。
例句 作者
しづけさに加はる跳ねてゐし炭も 鷹羽狩行
炭つぐや静かなる夜も世は移る 五十嵐播水
遊ばせて置く手淋しく炭をつぐ 遠藤はつ
炭の香のたつばかりなりひとり居る 日野草城
桜炭明治の言葉うつくしき 古賀まり子
学問のさびしさに堪へ炭をつぐ 山口誓子
炭ついで火照りの顔を旅にをり 森 澄雄
核心に触れぬ話や炭をつぐ 安部悌子
炭火の世美しくまた寒かりし 滝 春一
更くる夜や炭もて炭をくだく音 蓼太