仮の包装(15)
借りてきたユニフォーム姿を鏡の前で点検した。上は大きく、ズボンはウエストは緩いがサイズ自体が小さかった。裾はひざ下までかろうじて届かず、ゴムだけがぴっちりとして自身の機能を存分に果たしていた。むかしの白黒写真のベーブ・ルースを思わせた。別にオーダー・メイドが欲しかったわけでもないが、これではあんまりだ。
ぼくは車輪の回転の鈍い自転車を借りた。民宿の電話番号も横に入っている。ぼくは旧時代からよみがえった人物なのだろうか。しかし、我慢してこぎつづける。これだけで体力が消耗しそうだった。
グラウンドにはももこがカメラをもって待っていた。ぼくの晴れの姿を写すときに失笑を隠さなかった。
「似合うとかの問題ではないぐらいだよな。ひとりだけ違う競技だよ、これじゃ。いじめ」
「テレビで放映されるわけでもなし。見るのも三十人もいないよ」
「でも、こうしてももこが見てるよ」
「そんなんで嫌いにならないよ」言質というのは、刻まれた波打った文字の石碑を遺跡から見つけることに近い。
試合がはじまれば、いちばん若い自分は活躍した。何度かむずかしいフライを転げながら捕り、走者をかえすヒットを左中間に打った。しかし、塁上でぼんやりとして牽制でアウトになった。ぼくは野球に興じながらも、明日の心配をする身でもあるのだ。
民宿で風呂に入り、仕事に励んだ。腕には勲章としての小さな擦り傷もある。いまごろ、みんなは浴びるほどビールを飲んでいるのだろう。皿を洗いながら、日本人は一日で醬油をどれほど使い、どれほど排水口に流しているのだろうかと無意味なことを考えている。
「野球、楽しかった?」仕事が一段落すると、女主人が訊いた。
「ええ、とても。ヒットも売ったし、守りでも役に立ったし」
「何度、説明されてもルールが分からないのよね、わたし」
「自分でやってみないと覚えないものですから」
「哲学的ね」
「実証的です」
お客さんの部屋の電気が消えた。ぼくは缶ビールを開ける。優勝チームのビール掛けに無駄に費やす量は、一日の消費量の何パーセントなのか考えてみる。ほんとうに微々たるものであろう。しかし、なるべくなら口に入れた方がいい。そのように作られているのだから。
ぼくはまたもや風呂に入る。壁のタイルも整然とはいえなくなっている。これも取り壊されて素敵なリゾート・ホテルへと変身するのだろう。ぼくは湯ぶねに浸かり、支配人になった自分を想像する。その奥の個人の執務室にはきょうの一世一代の写真を飾ろう。ベーブ・ルース。ルイ・アームストロング。リンドバーグ。いつの時代にもヒーローがいる。支配人の制服はさすがに腕利きのテーラーに採寸され、サイズを細々と正確に測ってもらえるだろう。ぼくはユニフォームの洗濯をはじめた。また新たな被害者ができることも、おそらく楽しいものだろう。
借りてきたユニフォーム姿を鏡の前で点検した。上は大きく、ズボンはウエストは緩いがサイズ自体が小さかった。裾はひざ下までかろうじて届かず、ゴムだけがぴっちりとして自身の機能を存分に果たしていた。むかしの白黒写真のベーブ・ルースを思わせた。別にオーダー・メイドが欲しかったわけでもないが、これではあんまりだ。
ぼくは車輪の回転の鈍い自転車を借りた。民宿の電話番号も横に入っている。ぼくは旧時代からよみがえった人物なのだろうか。しかし、我慢してこぎつづける。これだけで体力が消耗しそうだった。
グラウンドにはももこがカメラをもって待っていた。ぼくの晴れの姿を写すときに失笑を隠さなかった。
「似合うとかの問題ではないぐらいだよな。ひとりだけ違う競技だよ、これじゃ。いじめ」
「テレビで放映されるわけでもなし。見るのも三十人もいないよ」
「でも、こうしてももこが見てるよ」
「そんなんで嫌いにならないよ」言質というのは、刻まれた波打った文字の石碑を遺跡から見つけることに近い。
試合がはじまれば、いちばん若い自分は活躍した。何度かむずかしいフライを転げながら捕り、走者をかえすヒットを左中間に打った。しかし、塁上でぼんやりとして牽制でアウトになった。ぼくは野球に興じながらも、明日の心配をする身でもあるのだ。
民宿で風呂に入り、仕事に励んだ。腕には勲章としての小さな擦り傷もある。いまごろ、みんなは浴びるほどビールを飲んでいるのだろう。皿を洗いながら、日本人は一日で醬油をどれほど使い、どれほど排水口に流しているのだろうかと無意味なことを考えている。
「野球、楽しかった?」仕事が一段落すると、女主人が訊いた。
「ええ、とても。ヒットも売ったし、守りでも役に立ったし」
「何度、説明されてもルールが分からないのよね、わたし」
「自分でやってみないと覚えないものですから」
「哲学的ね」
「実証的です」
お客さんの部屋の電気が消えた。ぼくは缶ビールを開ける。優勝チームのビール掛けに無駄に費やす量は、一日の消費量の何パーセントなのか考えてみる。ほんとうに微々たるものであろう。しかし、なるべくなら口に入れた方がいい。そのように作られているのだから。
ぼくはまたもや風呂に入る。壁のタイルも整然とはいえなくなっている。これも取り壊されて素敵なリゾート・ホテルへと変身するのだろう。ぼくは湯ぶねに浸かり、支配人になった自分を想像する。その奥の個人の執務室にはきょうの一世一代の写真を飾ろう。ベーブ・ルース。ルイ・アームストロング。リンドバーグ。いつの時代にもヒーローがいる。支配人の制服はさすがに腕利きのテーラーに採寸され、サイズを細々と正確に測ってもらえるだろう。ぼくはユニフォームの洗濯をはじめた。また新たな被害者ができることも、おそらく楽しいものだろう。