(62)
別れを切り出さなければならなくなった。そのことについては、当然のことながら気が重かった。
だが、先延ばしにしても、解決することではないので、みどりと会った。いつもより話がはかどらないことを彼女は不可解に思って、そのことを尋ねた。尋ねられても、すぐに即答はできなかった。
しかし、自分の都合ばかりも考えてはいられないので、ようやく口に出した。だが、この段階になっても、自分の結論が正しいことかは判断できずにいた。
ぼくはこれまでの自分の気持ちの移り変わりを簡単にまとめて言った。それを聞いて、彼女は驚いたようだが、仕方のないことだと言った。多分、その結論は正しいことだとも言ってくれた。ひとりになった時までは分からないが、彼女は人前で泣くようなことはなかった。なので、お茶を飲んでいる店内の周りの人も、そんなに重要なことを話しているとは思ってもみないだろう。
自分は、二度と会うこともないだろう、と考えていた。それが、けじめのようなものだとも思った。しかし、彼女の感想は違かった。これまでの関係をないことにすることは出来ないので、なんでも相談できる友人として、これからも歩むことは可能だといった。ぼくも、それに対しては反論できず、当面は、それも有りだろうぐらいに気持ちを切り替えた。そのような気持ちになったところで、さまざまなものを手放した安堵と軽い後悔が入り混じった、自分のこころを見つけた。そうなることを予測もしていなかったので、少しの疲労とため息に似た気持ちに包まれた。
「いままで、いろいろありがとう」と、彼女は笑顔で言った。「先に出るね」そう言って、彼女は日差しの強い初夏の陽気のなかに紛れていった。相変わらず、この結論と行動は正しいものだったのかと思い続けていた。
少し経って、自分も外に出た。毎年のように何度も経験するが、夏になる前の日差しは暑く、それでもいくらか肌に心地よい風があたった。後ろから猛スピードの自転車がぼくの横を通り過ぎた。かすがだが自分の腕と接触し、それまで気づかずにいる自分のぼんやりとした脳を呪った。
なんとか家に着いた。自分で別れを切り出したはずだが、本当は反対だったような気もしてきた。彼女から、一方的に別れを告げられたような焦燥を感じていた。何もすることを思い浮かべられなかったが、とりあえず手元にあったアルバムをめくった。そこにはぼくの成長とともにいたみどりの存在が決して消えない身体の模様のように、ただ事実としてあった。そのことを当然だと思っていた自分の顔も写っている。しかし、もう新たに写真は増えていくことはないということも、また認識させられた。そのことに脅え、押入れを開け、奥にその2冊のアルバムをしまった。しまったが、その存在は後で大きく主張してくるのだろう。
忘れるように由紀ちゃんの電話番号を思い浮かべ、指令を受けた指先がかけた。それで、会う約束をとりつけた。着替えて外出するときに自分の非情さを感じないわけにはいかなかった。その薄情な自分に、不快さが募った。
歩いていても、そのことは頭からひと時も離れなかった。
いろいろなものに敏感になっている自分がいた。喫茶店にはいり、由紀ちゃんを待っていた。この瞬間を隠れて待っていたかのように、みどりとよく聞いた音楽が流れていた。そのことは思い出と直結し、ガードの緩んでいるぼくのこころに素直にたどりついた。そのことで、また呆然とした。このまま当分は過去の亡霊と対決し、ひとつずつ解決していかなければならないのだろう。下手なゲームのように、ゲーム内のヒーローは役にも立たない武器を持ち、難題にはかならず負け、武器を取られ、勝者になる日は永遠にこないような気持ちがしてきた。
音楽が終わっても、店の外を歩いているみどりに似た人を自然と目で追っかけている自分も発見する。それを中断するため、ポケットから文庫本を取り出し、ページをめくった。だが、頭のなかはきちんと整理がつかず、本を読む作業に没頭するということも不可能のようだった。あてもなく、店内に飾ってある絵をみつけ、それを眺めていた。もし、自分が描くとしたら、その花びらを上手く表現できるかと考えた。その思考をとおした疑似行為は、束の間だが、みどりの存在を打ち消してくれた。
しばらくすると、由紀ちゃんが店内に入って来た。一瞬にして、その周りは華やいだ空気になった。彼女の、その太陽のような印象こそ、いまのぼくに必要なものだった。
「どうしたの? 顔色が悪いみたいだよ」と言われ、鏡になるようなものを探したが、ぼくの四方にはそれらはまるでなかった。
別れを切り出さなければならなくなった。そのことについては、当然のことながら気が重かった。
だが、先延ばしにしても、解決することではないので、みどりと会った。いつもより話がはかどらないことを彼女は不可解に思って、そのことを尋ねた。尋ねられても、すぐに即答はできなかった。
しかし、自分の都合ばかりも考えてはいられないので、ようやく口に出した。だが、この段階になっても、自分の結論が正しいことかは判断できずにいた。
ぼくはこれまでの自分の気持ちの移り変わりを簡単にまとめて言った。それを聞いて、彼女は驚いたようだが、仕方のないことだと言った。多分、その結論は正しいことだとも言ってくれた。ひとりになった時までは分からないが、彼女は人前で泣くようなことはなかった。なので、お茶を飲んでいる店内の周りの人も、そんなに重要なことを話しているとは思ってもみないだろう。
自分は、二度と会うこともないだろう、と考えていた。それが、けじめのようなものだとも思った。しかし、彼女の感想は違かった。これまでの関係をないことにすることは出来ないので、なんでも相談できる友人として、これからも歩むことは可能だといった。ぼくも、それに対しては反論できず、当面は、それも有りだろうぐらいに気持ちを切り替えた。そのような気持ちになったところで、さまざまなものを手放した安堵と軽い後悔が入り混じった、自分のこころを見つけた。そうなることを予測もしていなかったので、少しの疲労とため息に似た気持ちに包まれた。
「いままで、いろいろありがとう」と、彼女は笑顔で言った。「先に出るね」そう言って、彼女は日差しの強い初夏の陽気のなかに紛れていった。相変わらず、この結論と行動は正しいものだったのかと思い続けていた。
少し経って、自分も外に出た。毎年のように何度も経験するが、夏になる前の日差しは暑く、それでもいくらか肌に心地よい風があたった。後ろから猛スピードの自転車がぼくの横を通り過ぎた。かすがだが自分の腕と接触し、それまで気づかずにいる自分のぼんやりとした脳を呪った。
なんとか家に着いた。自分で別れを切り出したはずだが、本当は反対だったような気もしてきた。彼女から、一方的に別れを告げられたような焦燥を感じていた。何もすることを思い浮かべられなかったが、とりあえず手元にあったアルバムをめくった。そこにはぼくの成長とともにいたみどりの存在が決して消えない身体の模様のように、ただ事実としてあった。そのことを当然だと思っていた自分の顔も写っている。しかし、もう新たに写真は増えていくことはないということも、また認識させられた。そのことに脅え、押入れを開け、奥にその2冊のアルバムをしまった。しまったが、その存在は後で大きく主張してくるのだろう。
忘れるように由紀ちゃんの電話番号を思い浮かべ、指令を受けた指先がかけた。それで、会う約束をとりつけた。着替えて外出するときに自分の非情さを感じないわけにはいかなかった。その薄情な自分に、不快さが募った。
歩いていても、そのことは頭からひと時も離れなかった。
いろいろなものに敏感になっている自分がいた。喫茶店にはいり、由紀ちゃんを待っていた。この瞬間を隠れて待っていたかのように、みどりとよく聞いた音楽が流れていた。そのことは思い出と直結し、ガードの緩んでいるぼくのこころに素直にたどりついた。そのことで、また呆然とした。このまま当分は過去の亡霊と対決し、ひとつずつ解決していかなければならないのだろう。下手なゲームのように、ゲーム内のヒーローは役にも立たない武器を持ち、難題にはかならず負け、武器を取られ、勝者になる日は永遠にこないような気持ちがしてきた。
音楽が終わっても、店の外を歩いているみどりに似た人を自然と目で追っかけている自分も発見する。それを中断するため、ポケットから文庫本を取り出し、ページをめくった。だが、頭のなかはきちんと整理がつかず、本を読む作業に没頭するということも不可能のようだった。あてもなく、店内に飾ってある絵をみつけ、それを眺めていた。もし、自分が描くとしたら、その花びらを上手く表現できるかと考えた。その思考をとおした疑似行為は、束の間だが、みどりの存在を打ち消してくれた。
しばらくすると、由紀ちゃんが店内に入って来た。一瞬にして、その周りは華やいだ空気になった。彼女の、その太陽のような印象こそ、いまのぼくに必要なものだった。
「どうしたの? 顔色が悪いみたいだよ」と言われ、鏡になるようなものを探したが、ぼくの四方にはそれらはまるでなかった。
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