拒絶の歴史(127)
同僚の女性と外回りをして、いったん会社に戻り、今日の仕事をまとめた。それから、自分の車に乗り換え、さっきの女性と映画を見ることになっている。その前に、すこし時間があったので喫茶店で時間をつぶした。
「いままで、時間をたくさん取らせて悪かったね」
「だって、誰かが近藤さんの仕事を引き継がなきゃいけないんだし、しょうがないですよ」
ぼくらは同僚の噂話をしたり、未来についてのささやかな展望を話したりした。もちろん、もっと身近な未来でもあるこれから見る映画についても話した。
「このようなラブストーリーって、男性はつまらないですか?」と、彼女は訊いた。
「そんなことないよ。普通に見るよ。だけど、泣いたりするのは、ちょっと恥ずかしいけど」
そこを出て、映画館にあるいて向かった。まだ、空気は冷たく、溶けない雪が道路のはじに追いやられていた。その横を通り過ぎる車のライトが雪を照らし、不思議な色合いを見せていた。
チケットを二人分買い、ロビーにあった椅子に座って待っていると、ぼくは見慣れた顔を見ることになった。それは、雪代だった。そんなに時間が経っていなかったが、もう自分との縁が切れたせいなのか、印象が違って見えた。彼女はぼくの存在に気づいていなかったようだが、隣にいた男性、島本さんが彼女のひじをつつき、ぼくの方に視線を変えた。それで、彼女はぼくを見た。ぼくは自然と目を逸らせるようにしてしまった。彼女らの噂はきいていたが、実際にそれを目にすると、ぼくは動揺し、やはり傷ついた。となりにいた同僚は、その変化に気づかずに天真爛漫に話をつづけていた。ぼくは、相槌がおろそかになり、彼女は一瞬、会話を止めた。
「どうかしました?」
「ううん、別に。それで?」と、話のつづきを聞こうと努力した。もし、彼女をぼくの新しい交際相手だと雪代が考えていたとしたら、彼女も傷つくのだろうかと想像してみた。だが、その結果はどうやっても出てこなかった。もう、ぼくのことなど忘れ、それで島本さんをまた選んだのだろう。そして、皮肉なことだけれど、彼らが寄り添っていると、とても似合っていて、それだけで、自分は敗因をもっていることを知った。
前の回は終わり、たくさんの人々が出てきた。何人かはハンカチで目元をぬぐい、そうしないひとも、目元が赤かったりした。これから見る映画はそうした映画なのだ。
中にはいり、ぼくらは左側に、雪代たちは右側に座っていた。ぼくは、なるべく映画に集中しようとして、彼らのことを考えないようにしたが、その行為すら無駄であることを知るのであった。ぼくは、雪代のことを考え続け、島本さんの存在を憎んでいた。だが、雪代の幸福の要因に島本さんが今後なるのであるならば、その憎むこと自体が無意味であった。
およそ2時間経って、ぼくのとなりの同僚は泣き、ぼくはただその映画に入り込めない自分がいた。館内が明るくなると、雪代たちはもういなくなっていた。そして、いなくなっていたとしても、ぼくのこころの中には彼らがありありと座り続けていた。
「楽しめませんでした?」
「そんなことないよ。多分、もう一回みないことには、なぜあのような行動をしたのか理解できないと思う」と、本気のような、言い訳のような言葉をぼくは吐いた。
それから、ぼくらは車にふたたび乗り、イタリアン・レストランに向かった。なるべくなら、もう雪代たちに会いたくなかった。ニアミスは、一日に一度で充分だった。だが、前から予約したのでいないとも限らないその店へ向かった。その心配は取り越し苦労で、彼らの顔はその店にはなかった。
さきほどまで、あんなにも泣いていた女性とは思えないほど、彼女の食欲は旺盛だった。デザートまで行っても、美味しそうな表情は絶えることがなかった。ぼくは、その顔を見て、いくらか安堵した気持ちになっていたが、車でなければ、やはりワインでも飲んで、今日のことを忘れたかった。
ぼくらは楽しい会話をし、ぼくの東京での活躍の言葉をきき、また車に戻った。彼女は、玄関に向かいながらきれいなハイヒールの音を立てていた。そのリズミカルな歩み自体に希望が含まれているようだった。そして、ドアを開ける際に振り向き、「とても楽しかったです、今日は」という言葉を残した。
ぼくも同じ気持ちであったが、辛いこともあったので、同じ言葉を返すことができず、ただ、暗い車内でうなずいた。
ドアが閉じても、ぼくは動くことができず、カセットテープを探した。古いソウル・ミュージックがあり、それを入れた。甘い歌声はぼくを癒すことができるかもしれず、それに期待したが、やはりこころの底からの開放など、その日には訪れようがなかった。
最後にコンビニに寄り、必要なものを買い込み、その店員がぼくが知っていたゆり江という子に似ていることに気づいたが、もちろんただ気づいただけで終わった。仕事が終わってから数時間でぼくの気持ちが大幅に変わってしまうことなど予想すらしていなかったのに、やはり現実とはむごいものだとのいくらか幻滅した気持ちも手に提げたビニール袋の中に入っているようだった。
同僚の女性と外回りをして、いったん会社に戻り、今日の仕事をまとめた。それから、自分の車に乗り換え、さっきの女性と映画を見ることになっている。その前に、すこし時間があったので喫茶店で時間をつぶした。
「いままで、時間をたくさん取らせて悪かったね」
「だって、誰かが近藤さんの仕事を引き継がなきゃいけないんだし、しょうがないですよ」
ぼくらは同僚の噂話をしたり、未来についてのささやかな展望を話したりした。もちろん、もっと身近な未来でもあるこれから見る映画についても話した。
「このようなラブストーリーって、男性はつまらないですか?」と、彼女は訊いた。
「そんなことないよ。普通に見るよ。だけど、泣いたりするのは、ちょっと恥ずかしいけど」
そこを出て、映画館にあるいて向かった。まだ、空気は冷たく、溶けない雪が道路のはじに追いやられていた。その横を通り過ぎる車のライトが雪を照らし、不思議な色合いを見せていた。
チケットを二人分買い、ロビーにあった椅子に座って待っていると、ぼくは見慣れた顔を見ることになった。それは、雪代だった。そんなに時間が経っていなかったが、もう自分との縁が切れたせいなのか、印象が違って見えた。彼女はぼくの存在に気づいていなかったようだが、隣にいた男性、島本さんが彼女のひじをつつき、ぼくの方に視線を変えた。それで、彼女はぼくを見た。ぼくは自然と目を逸らせるようにしてしまった。彼女らの噂はきいていたが、実際にそれを目にすると、ぼくは動揺し、やはり傷ついた。となりにいた同僚は、その変化に気づかずに天真爛漫に話をつづけていた。ぼくは、相槌がおろそかになり、彼女は一瞬、会話を止めた。
「どうかしました?」
「ううん、別に。それで?」と、話のつづきを聞こうと努力した。もし、彼女をぼくの新しい交際相手だと雪代が考えていたとしたら、彼女も傷つくのだろうかと想像してみた。だが、その結果はどうやっても出てこなかった。もう、ぼくのことなど忘れ、それで島本さんをまた選んだのだろう。そして、皮肉なことだけれど、彼らが寄り添っていると、とても似合っていて、それだけで、自分は敗因をもっていることを知った。
前の回は終わり、たくさんの人々が出てきた。何人かはハンカチで目元をぬぐい、そうしないひとも、目元が赤かったりした。これから見る映画はそうした映画なのだ。
中にはいり、ぼくらは左側に、雪代たちは右側に座っていた。ぼくは、なるべく映画に集中しようとして、彼らのことを考えないようにしたが、その行為すら無駄であることを知るのであった。ぼくは、雪代のことを考え続け、島本さんの存在を憎んでいた。だが、雪代の幸福の要因に島本さんが今後なるのであるならば、その憎むこと自体が無意味であった。
およそ2時間経って、ぼくのとなりの同僚は泣き、ぼくはただその映画に入り込めない自分がいた。館内が明るくなると、雪代たちはもういなくなっていた。そして、いなくなっていたとしても、ぼくのこころの中には彼らがありありと座り続けていた。
「楽しめませんでした?」
「そんなことないよ。多分、もう一回みないことには、なぜあのような行動をしたのか理解できないと思う」と、本気のような、言い訳のような言葉をぼくは吐いた。
それから、ぼくらは車にふたたび乗り、イタリアン・レストランに向かった。なるべくなら、もう雪代たちに会いたくなかった。ニアミスは、一日に一度で充分だった。だが、前から予約したのでいないとも限らないその店へ向かった。その心配は取り越し苦労で、彼らの顔はその店にはなかった。
さきほどまで、あんなにも泣いていた女性とは思えないほど、彼女の食欲は旺盛だった。デザートまで行っても、美味しそうな表情は絶えることがなかった。ぼくは、その顔を見て、いくらか安堵した気持ちになっていたが、車でなければ、やはりワインでも飲んで、今日のことを忘れたかった。
ぼくらは楽しい会話をし、ぼくの東京での活躍の言葉をきき、また車に戻った。彼女は、玄関に向かいながらきれいなハイヒールの音を立てていた。そのリズミカルな歩み自体に希望が含まれているようだった。そして、ドアを開ける際に振り向き、「とても楽しかったです、今日は」という言葉を残した。
ぼくも同じ気持ちであったが、辛いこともあったので、同じ言葉を返すことができず、ただ、暗い車内でうなずいた。
ドアが閉じても、ぼくは動くことができず、カセットテープを探した。古いソウル・ミュージックがあり、それを入れた。甘い歌声はぼくを癒すことができるかもしれず、それに期待したが、やはりこころの底からの開放など、その日には訪れようがなかった。
最後にコンビニに寄り、必要なものを買い込み、その店員がぼくが知っていたゆり江という子に似ていることに気づいたが、もちろんただ気づいただけで終わった。仕事が終わってから数時間でぼくの気持ちが大幅に変わってしまうことなど予想すらしていなかったのに、やはり現実とはむごいものだとのいくらか幻滅した気持ちも手に提げたビニール袋の中に入っているようだった。
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