ケンのブログ

日々の雑感や日記

緊急事態 無事乗り切れますように

2021年04月24日 | 日記
僕が住む大阪府、そしてお隣の京都府は明日から緊急事態宣言ということで、不安というか、わびしいというか、孤独というか、何とも言えない気持ちで、夜を過ごしている。

新聞を見ると大阪府知事の言葉が出ている。

それをみて、こういう緊急事態のときでも、結局、人って、普段の言葉遣いの特色が現れるものだなと思う。

例えば「今、大阪でコロナに罹患した場合、適切な治療が受けられるかわからない状況だ」と知事は言っておられる。

なんか、罹患したら、治療受けられへんかもしれへんで、おとなしく外出はせんようにしときや。と挑発的におどかされているように思えなくもない。

普段、割と知事は挑発的な言葉を使うことが多いからこういうときにもなんとなく挑発的に言葉が響いてしまうように思えてならない。


僕と同じようにこの言葉に不安を感じて、ちょっとした症状でも治療が受けられるうちにと医者へ行ったりして余計に医療が逼迫することのないように祈りたい。

本当に、ヨードのうがい薬のときも、たまたま、下町のドラッグストアに行ったら、信じられないような勢いで、人がうがい薬のコーナーに押し寄せてきて、ドラッグストアの店員さんはもう、たまりかねて、「ヨードのうがい薬はもうありません、こちらのアズレンのうがい薬もよく効きますよ」と言って、もう殺到する人をアズレンのうがい薬の方に誘導していた。

ヨードとアズレンは違うだろうと思いながらも、あれだけ人が殺到したらドラッグストアのお兄さんをわるく思う気にはなれなかった。そうでもしないと、押し寄せる人をさばききれない状況だったから。

それで、僕はテレビを見ないので、家に帰ってきて、ネットを見て、知事がヨードが効果があると言ったとか言わなかったとか、そんなゴシップネタのようなニュースが出ていることを知った。

それに、医師でもない知事が、コロナに罹患したら適切な治療が受けられないかも知れないと言うのも、なんか、医師の先生に失礼なようにも思える。

僕も、本当に、この先生はひどい先生だという医師にあたったこともあるけれど、そのとき、その時で、できる範囲で、最善を尽くしてくださったと思える医師にもこれまで出会ってきたというのも事実だし。

たとえ、一般に言われるガイドラインに沿った治療ができなくても、その状況、状況で最善を尽くしてくださる医師は多いはずだと信じたい。

医師や、医療関係者からかけられる言葉で気持ちがおちついて、病気が回復に向かうということもあるし、、、。

「府民の命を守るため、協力をお願いしますと言うしかない」という知事の言葉も、なんだか政治的プロパガンダの言葉遣いに思えなくもない。

知事が属している政党の候補者の、選挙要項に、よく、議員報酬をちょっとカットするという政策に「身を切る改革」というキャッチフレーズが踊っていることがあるけれど、府民の命を守るためって、そういうキャッチフレーズをちょっと思い起こしてしまう。

もちろん、コロナで命を落とす人も、最低限であるように、コロナ以外の要因で命を落とす人も最低限であるように、願い、祈っている。

知事も、そして、菅総理大臣も、新聞に出ている顔を見ているとなんか、ぽわ-んとした顔にみえるけれど、菅総理の場合はふだんもちょっとぽわ-んとした系の顔なので、あまり気にならないという側面もある。

そういう点は、ふだん、ぽわ-んとしているくらいのほうがこういうときは得だなと、どうでもいいようなことを考えたりしてしまう。

知事が、強気の発言とは裏腹に、不安そうなお顔をしておられるのがちょっと気になる。

それは、こんな状況で、毎日、マスコミ対応やいろんな政治判断をしていたら、不安になるのがむしろ普通だと思う。

政治判断も、マスコミ対応もない僕でもやはり、いろいろとそれなりに気になることはあるのだから、、、。

でも、そんな状況でも、知事の判断が少しでも冷静なものでありますようにと祈っている。



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それでも、街に出ると若い子は、初夏の装いで歩いている。

それに意外とカップルが多い。

晩春から初夏はカップルが多いのだろうか、よく知らないけれど、、、。

まあ、これだけ暖かくなると、カップルで街に出たくなるのもわかる気はするけれど、うらやましくもある、、、。

一日いちにち 無事でありますように、それを第一に願っていきたい。









夏も近づき

2021年04月24日 | 日記
今日の新聞に「温室ガス46%削減」という大見出しがあって、菅総理大臣が気候変動問題に関するサミットで温室効果ガスを2013年との比較で2030年までに46%削減するという目標を打ち出したと出ている。

新聞の中まで読んでいくとこの46%という数字も実行可能かどうかの根拠はそれほどなく、国際的に温室効果ガスの削減目標を打ち出す流れというか競争になっているから、そういう圧力の中で、政治的に判断された数字であるという声も出ている、というようなことが書かれている。

そう言われてみるとなんだかきっとそうなんだなと思えてしまう。
温室効果ガスの量を、2013年と2030年でどのくらい違うのかを正確に測定できるのかさえもよくわからないのに、46%削減と言われても、本当にどこまで実現可能性があるのかとおもってしまう。

しかし、それよりも不安なのは、根拠があるかどうかにかかわらず46%なら46%という数字が総理大臣から出ると、やはり、それが一つの圧力となって、民間の会社にもとにかく温室効果ガスを減らさなければというあせりというかそういうものが生まれてくるだろうということだ。

さほど、確たる根拠があるとは思えない数字に、みんなが踊らされ、中には苦しむ人が出てきたり、経済や環境問題をはじめとする世の中のひずみが出てきたり、、、なんとなくそういうことを考えてしまう。

かつては、戦争ということに対する不安をかかえて生きた世代があるように、今の私達は、あらたな産業構造の変化の中で、どう対処したらいいのか、どう生き残ればいいのか、そして、よく生きるためにはどうするべきなのか、そういうことが見えにくくなっている世代であるように思う。

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コロナの新型ウイルスに関しても新聞に書いてある大学の先生など専門家の発言を読んでいると
「ウイルスのスピードが圧倒的に早く、重症化させている可能性もある」「これまでとは違うという危機感がある」というように、可能性もあるとか危機感があるとか、そういう側面を指摘しているだけで、科学的にこういうことが言えると断言している人はいない状況になっている。(紙面を見る限りではそうなっている)

そして「マスクをつけないで話しただけで感染する」と断言的な言い方をしているのが鳥取県の知事という、ウイルスの専門家ではない人になっている。

専門家は可能性や危機感を指摘するだけで、危ないと断定的に言うのは素人だったりして、もうほんとうにある意味ここでもわけのわからない状況になっている。

だからといって何も信じないというわけにはいかないので、やはり、僕の場合は、一番しつこく言われているマスクと手洗いは気をつけていきたいと思う。

一昨日、頻繁に行く駅近のコンビニがコロナの感染が出たということで休みになったと僕のブログに書いた。

保健所の許可も出て昨日から営業再開したけれど、今日行くと、いつもは本当に5,6人はお客さんがいると思われる時間に、お客は僕と、もう一人、女性の二人だけだった。

やはり、こういうのを目の当たりにすると不安を覚えるけれど、人のうわさも75日。あんな便利な場所にあるコンビニ、みんな行かないと、不便を感じるだろうから、何日か後にはきっと客足は戻ると僕は思っている。また、それを願っている。

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今日の新聞の編集手帳にこんな記述がある。

「藤は春と夏を分ける植物と言われる。平等院の藤の急ぎ足を思えば、暦の立夏5月5日を待たずに季節は移りゆくらしい」と。

数年前に僕はある方と、ちょっとした小さいお宮を参拝したことがある。そのときそのお宮に、ぶどうのふさが垂れ下がったような花がいっぱい咲いていた。

「あの、ぶどうの房みたいな花、何やろう」と僕が言ったら
その方は「たぶん藤とおもいます」とおっしゃった。

そのときの日付を僕はなぜか覚えていて、たしかそれは4月27日ころだったと思う。

ちょうど今頃の季節だなとしみじみと思い出す。

確かに植物は、季節を思い出させてくれることがあるなと思う。