ケンのブログ

日々の雑感や日記

甲子園ブラスバンド演奏OK

2021年07月29日 | 日記
今日の読売新聞に「甲子園ブラバン演奏OK」という見出しが出ている。

記事の中身を読むと コロナの感染対策を取った上で、、ブラスバンドの入場を50人以内で認める

という内容の記事になっている。

いやあ、嬉しいことだなと思う。

多分1990年代と思うけれど、僕は甲子園球場の外野スタンドで夏の高校野球を見ていた。

一回の表、先攻する高校のブラスバンドが立教大学の一般にセントポールと呼ばれている応援歌を演奏した。

この立教大学のセントポールという応援歌はプロ 高校野球を問わず、ひろく野球の応援で演奏される。

最近プロ野球、見に行ってないけれど、阪神タイガースの応援団もこの曲をけっこう演奏していたと記憶している。

さて、その試合の一回の表が終わって一回の裏、今度は後攻のチームのブラスバンドがやはり立教大学のセントポールという応援歌を演奏し始めた。

演奏が始まった瞬間 うまい! と思った。

先攻のチームのブラスバンドの演奏とは同じ曲でもリズムの ため 彫りの深さ、装飾音の明晰さ がぜんぜん違う。

いやあ、どこの学校のブラスバンドかと思ってスコアボードを見ると、後攻は天理高校だった。

うーん 天理高校のブラスバンド すごい とあのとき思った。

僕が見に行ったのはまだ夏の大会の一回戦で、一日炎天下で四試合もあるから、もう暑くてどの学校とどの学校の対決かも意識せずに、夏の甲子園の雰囲気を味わうという感じで外野スタンドにいたけれど、天理のブラスバンドであのときは目が覚めた。

僕は高校のブラスバンド活動について詳しいわけでないけれど、甲子園はブラスバンドの腕の見せどころでもあるように思う。

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予備校に勤めていた頃、ちょっと活発な感じの女の子がアルバイトに来ていた。

大阪の北河内にある公立のS高校のブラスバンドでクラリネットを吹いていた子だった。

面白い子で 一週間くらい大学の願書の整理の仕事を黙々とやっていたかと思うと、急に「私、この仕事やって、関西圏の大学の場所、だいたい覚えたわ」と言い出したりして。

その一言がなぜか気にとまって、お昼休みに会社の休憩室で弁当を食べならがその子と話をするようになった。

「私、普門館に行ってブラスバンドの大会、聴いてくると、もう鳥肌が立って気持ちがスーッとするわ」とかそんな話を思い入れたっぷりにしてくれる子だった。
※その子の話によると普門館というのは当時 高校のブラスバンドの大会が行われる場所とのことだった。

あるとき その子の口から「ボサノバ」という言葉が出た。

「ボサノバって何?」と僕が聴くと。その子は「〇〇」と曲の名前を言った。
僕は「その曲知らない」というとその子は「△△」と曲の名を言った。
僕は再度「うーん その曲も知らない」と言った。
するとその子は「イパネマの娘」と言った。僕は「ああ、わかった」と言った。

なんだか、ボサノバって何かイパネマの娘のメロディを思い浮かべてみて本当にわかったような気がした。

そして、思った。

僕がわかるまで曲の名前でボサノバの具体例を挙げ続けてくれるって、前向きで親切な子だなと。

そして、こんなこともその時、思った、

音楽の言葉の定義って言語で抽象的にすることも大切かもしれないけれど、まずは具体例に触れて理解するってとても大切なことだなと。

具体例を見ることで理解する方法を、帰納的方法という事がある。

五郎さんもいつか死ぬ 恵子さんもいつか死ぬ 太郎君もいつか死ぬ 花子さんもいつか死ぬ だから人間はいつか死ぬ。

というように個々の具体例から一般的な理解を得る方法のことだ。

具体例に触れる、大切なことと思う。

ワルツも メヌエットも言葉で抽象的に表現すれば三拍子の舞曲。

ではワルツとメヌエットどう違うの?

言葉をつくして説明するよりも、具体的にワルツを聴いてみる、メヌエットを聴いてみる。
それを繰り返すうちに100%とは言えないまでも、かなりの確率でワルツかメヌエットか聴いて区別をつけられるようになる。(たぶん)

そういうものではないかと思う。

イパネマの娘を教えてくれた子 1976年生まれだから、元気にしていればもう45歳だなと思う。(なんで、そんなこと覚えてるんやと自分の記憶力の偏りにあきれてしまう)

きっと元気と思うけれど、、、。

それは ともかく いちにち いちにち 健康で無事に過ごせますように それを第一に願っていきたい。













百貨店の風景

2021年07月29日 | 日記
県庁所在地の百貨店へ。

お中元売り場のコーナーを見る。

お湯を注ぐだけのスープとか味噌汁とか、そういうたぐいの商品が何種類かおいてある。

一人暮らしの人や、調理に時間をかけられない人が増えている今の世の中、こういうのもよさそうだなと思う。

おまんじゅうのセットと僕が信じて疑わない商品があった。

白 赤、薄茶色など、色とりどりのおまんじゅうが入っている。

見た目はよさそうだけれど、食べ過ぎたら、血中の糖分の濃度が上がってしんどくなりそう、などと考えてみていた。

しかし、よく商品の説明のポップを読むと、これも、お湯を注ぐと出来上がる味噌汁とわかった。

おまんじゅうのような塊をお椀に入れて、お湯を注ぐとお味噌汁。

楽しい気分で味噌汁が飲めそうでいいなと思う。

僕は気軽に味噌汁を飲みたいときは、だし入りの味噌を買ってきて、レンジでチンして飲むことが多いけれど、この方法だと、底の方に、味噌が固まってこびりついたり、なかなか不便なことも多い。

最初からお湯を注ぐだけというコンセプトで開発された商品ならもっと気軽に味噌汁を飲めそう。

なんか、いいなと思った。

レンジでチンするだけの、一口サイズの、赤飯とか、イカ飯とか 鶏めしとか、そぼろごはんとか、そういうのの詰め合わせもある。

いろんなご飯が食べられていいなとおもう。

でも、炭水化物のとりすぎにならないように気をつけないととおもったりして、、、。

酒のつまみとして居酒屋で出てくるようなタイプのおかずの缶詰もある。

やはり、手軽に食べられるというのが今の時代の商品のひとつのコンセプトなのだろうかと思う。

そんなものを僕がいろいろ見ているうちに、母が決めたお中元は おそうめん。

結局、母にとっては無難な線ということなのだと思う。

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地下の食品売り場へ。

天然あゆ と書いてあるポップがあるので行ってみると、たしかに姿がスリムだし、色合いが鮮やかで美しい。

お値段一匹 980円。

まあ、見て楽しむ分にはいいけれど、買うとなると、、、。

半月以上前に、僕が大阪のスーパーで見た鮎の甘露煮が380円くらいで、形を見るとたぶん養殖の鮎だから、天然鮎が980円というのは適正価格とは思うけれど、やはりね。

ちなみに、白川のあゆと書いてあった。

決してあゆに詳しいわけではないのだけれど、やはり、この手の魚は上流域のものが、いいのだろうなとそんなことを考えていた。

本当にかなり昔に、長良川で鵜飼を見たあとで、タクシーにのったら、その運転手の方がかなりあっけらかんとした人で「まあ、鵜飼も、話のネタに一回見たらいいんじゃないですか。屋形船で鵜飼を見て、出てくる鮎は養殖というのもよく聞く話ですし」というようなことを話しておられた。

まあ、そう言われてみればそうかなと思う。

事実、その時以来、一度も屋形船にのって鵜飼って見たことないし。

今度見るなら、屋形船に乗らずに、ちょっと離れた場所から見てみたいなと思う。

“”おもしろうて やがて かなしき 鵜舟かな“” 松尾芭蕉

風景も音楽も、ちょっと哀しいくらいのほうが案外しみじみと心に残ることも多いというのは僕以外にも多くの人が体験することと思う。

もちろん楽しいのもいいけれど。

それはともかく いちにち いちにち 無事で健康で過ごせますように それを第一に願っていきたい。