ケンのブログ

日々の雑感や日記

菅首相退陣

2021年09月04日 | 日記
菅首相が退陣されるというニュースを見て、「菅さんもいろいろボロカス言われてたみたいやけど辞めるとなると寂しいね」と僕が言ったら、僕の知り合いの方は「菅さん頑張りましたよね」とおっしゃった。

政治の細かいことは僕、よくわからないけれど、僕も基本的にはそう思う。

地方紙の社会面に「(菅首相の)乏しい発信力最後まで」という見出しの記事があり、その中に次のような記述がある。

“”「いつになったら普通の生活に戻れるのか、総理の言葉で国民に語ってください」。東京都に4度目の緊急事態宣言発令を発表した7月8日の記者会見。質問に対して菅氏は「感染対策の決め手となるのがワクチン」などと述べ接種目標や有効性の説明に終止した。“”

要するに記事は、いつになったら普通の生活に戻れるのかという質問に対して、ワクチンの接種目標を語っても質問に対する答えになっておらず、質問と答えの論点がずれているということを指摘している。

それは、そのとおりなのだけれど、菅首相も一人の人間であって神様ではないのに「いつになったら普通の生活に戻れるのか」という質問を繰り出すもの菅さんに対して失礼だと思う。

記者の方も、菅さんはいつになったら普通の生活に戻れるのかの展望も持たずに緊急事態で国民の生活を制約しているという書きたい記事のストーリーが予めあるかのようで、その意味でははじめにストーリーありきの質問だと思う。

そして、日本人は、やはり今も、昔と同様に、政府はお上(おかみ)という考え方が抜けないからこういう質問がはびこると思う。

自分たちが選挙で国会議員を選ぶ、そして、その国会議員が総理大臣を選ぶ、その意味で総理大臣は自分たちが民主主義の手続きで選んだ人という意識があれば、この質問のように、自分たちはお上(おかみ)の被害者だと言わんばかりの質問はできないと個人的には思う。

新聞記事に載っているのは質問の一例に過ぎないかも知れないけれど、こういうたぐいの質問が最近多いということも否めない事実と思う。

本当に身のある質疑応答をしようとするのならば質問する側にも中身のある答えを引き出す問い方が求められると思う。

コミュニケーションというのは双方が互いに理解し合おうという努力があって成り立つものと思うから。

そして、コミュニケーションのないところには本当の民主主義はないのではないかと僕は思う。

まあ、そんな理想どおりにいかないから、みんなしんどいのだと思うけれど、、、。

しかし、コミュニケーションを成り立たせようとする努力は必要と思う。

質問する側は攻めるだけ、答える側はかわすだけではなにも生まれないだけでなく、密室で決められたことがそのまま通る世の中にますますなってしまうような気がする。

それはともかく、いちにち いちにち 無事に過ごせますようにそれを第一に願っていきたい。



加齢と認知機能

2021年09月04日 | 日記
池袋暴走事故に関連して、地方紙にこんなことが書いてある。

“”道路交通法では75歳以上の運転者が免許を更新する際、記憶力や判断力を判定する認知機能検査を受ける必要があり、認知症と診断されると免許取り消しや停止となる 中略

地方に住む高齢者にとっては車がなければ生活は難しい。代わりとなる交通手段の整備が急務だ“”と。

本当に、僕も来年還暦やし他人事やないなと思う。

僕や僕の家族の周りを見ていても、自動車に乗らなくなると急に老け込む人も多いし。

ただ、これは、老けたから自動車に乗らなくなるのか、自動車に乗らないから老けるのかわからない側面もあるけれど、、、。

僕の母が知り合いの方に
「運転免許の認知機能テストどうでした」と聞いたら、その方は
「まあ、ギリギリで合格しました」と答えられたらしい。
そして母が「奥さんはどうでした」と聞いたら、その方は
「家内は余裕で合格しました」と答えられたという
「なんで?奥さんのほうがドンくさそうやのに」と母が言うと
「家内は負けん気が強いから、過去問題で練習してくからやと思います」とその方は答えられたらしい、、、。

その話を、母から聞いた時、そうか、その手があったかと僕も思った。

先日話題になった、全国学力テストでも、生徒に過去問題をやらせると点数があがる。でもそんなことして学力テストの点数をあげても本末転倒。なので過去問演習はしないようにという通達が数年前に文部科学大臣からあったと記憶している。

それでも過去問演習のようなことをする先生もいるらしいといううわさだけれど、、、。
(うわさなのでホントかどうかわからないけれど)

でも、このような話は過去問をやって、問題の形式、問い方に習熟しておくと点数アップにつながるということがそれこそ科学的データによって証明された事例と言えるかも知れない。

だから、受験生の方で僕のブログを読んでくれている人がいたら、やはり入試も過去問をといて、志望校の問題を解くプロセス、考え方に習熟しておくことは入試を有利に進めるある意味必須の方法と思って差し支えないということを僕は伝えたいです。

さて、それこそ本末転倒になるかもしれないけれど、僕も75歳になってもまだ生きていて、運転を続けようと思ったら、認知機能検査の過去問練習しよかなと思ったりして、、、。

そして、決して屁理屈ではなくて、認知機能検査の過去問題をやろうとする気力や根気が認知機能の維持に繋がるということは十分に考えられるし、、、、。

まあ、それまでに、自動車の自動操縦の機能が十分実用に耐えるくらいに進歩してくれるといいのにと思ったりして。

自動車にのってボーッとしていたら東海北陸自動車道から、名神高速道路通って、大阪の梅田についていたりしたら、それはいいなと想像を膨らませたりして、、、。

夢かも知れないけれど、、、。

それはともかく、いちにち いちにち 無事に過ごせますように それを第一に願っていきたい。