遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉 223 小説 夜明けが一番哀しい 他 今日という日

2019-01-06 12:04:24 | 日記

          今日という日(2018.12.10日作)

 

   今日という日は

   永遠に帰らない

   今日という日は

   永遠の一日

   その 永遠の一日は

   記憶の中に埋没し

   忘れ去られてゆく事はあっても

   無価値になる事はない

   今日という一日は

   過去の一日の

   積み上げの上に成り立つ

   今日という一日であり

   明日という一日を用意する

   今日という一日だ

   すなわち

   今日という一日は

   永遠の中の一日であり

   永遠の一日だ

 

 

 

          夜明けが一番哀しい(7)

 

 

 横浜税関の建物の前を右に曲がると、四百メートル程で山下公園への道だった。正面にシルクセンターの、明かりを消した建物が見えた。その建物の正面を左へ曲がると大桟橋への入り口だった。右手にあらかた葉を落とした枝を夜明け前の暗い空に無数に延ばしている、山下公園通りの銀杏並木が見えたが、ピンキーは迷う事なく大桟橋への道を突進した。

 まだ寝静まったままの建物が並ぶ通りを抜け、送迎デッキへの突き当たりに来てピンキーは急激にブレーキを踏んだ。みんなは再び車の中で座席から放り出されたが、眼の前に広がる港の光景に眼を奪われていて、乱暴な運転に文句を言う事も忘れ、歓声を上げながら車から降りた。

「おお、寒いよう」

 ノッポがボートネックの長袖シャツの腕を抱え込んで言った。

 十一月も終わりに近い、海の匂いを孕んだ夜明けの空気は、冷え冷えとした冷気を肌に伝えて来た。

 ノッポはそれでも先程までの不機嫌も忘れ、初めて見る横浜港の眺めに御機嫌だった。

「ほら、見てよ。灯りがとってもきれい !」

 トン子が叫んだ。

 山下埠頭の倉庫の建物に沿って点々と連なる灯りが、ダイヤモンドの輝きを見せていた。

 暗い水面は静かだった。赤い灯の浮標(ブイ)があるかなしかの波に小さく揺れていた。

 トン子が真っ先に送迎デッキへの階段を上って行った。

 ピンキーも画伯も車から降りた。

 トン子が上って行った送迎デッキから見下ろす大桟橋には、だが、期待に反して外国航路の大きな船はいなかった。小型のボートだけがぎっしりと船体を寄せ合って岸壁にへばり付いていた。

「なあーんだ。外国航路の船なんていねえじゃねえか」

 後から来たノッポがもぬけの殻の桟橋を見下ろしながら、非難がましく言った。

 トン子はノッポの口調に、不服そうに顔をふくらませたが黙っていた。

 次に安子が来て、三人は送迎デッキの先端に向かって歩いて行った。

「ほら見て ! あれがそうじゃない ?」

 トン子が不意に、倉庫に沿った方角にある白い船を指差して言った。

「バカね、あれは氷川丸じゃない。いつもあそこにいるのよ。あそこでは結婚式だって出来るんだから。夏なんかハワイアンなんかやっちゃってさ、ビヤガーデンにもなるんだってよ」

 安子が言った。

「そうか」

 トン子が明らかに気落ちした声で言った。

 国際船客ターミナルの内部も暗かった。

 ピンキーと画伯とフー子は何処へいったのか、姿が見えなかった。

 トン子たち三人は肌寒さに体を縮めながら、送迎デッキの尽きる所まで歩いて来ると、"係員の許可なしには下へ降りないで下さい"と書かれた看板の前で立ち止まった。

 桟橋へ降りる階段は鉄柵で閉ざされていた。

 三人は仕方なしに鉄柵にもたれると沖合いを見つめた。

 港の入り口に違いない遠い所に、橋の形の灯の列が夢のように浮かんでいた。

「あんな所に橋があるんだね」

 安子がくぐもった声で元気なく言った。

 水面は依然として暗かった。その中で暗い空の藍を映してか、時おり鈍く光る水が微かにうねっているのが見えた。

 三人は椋鳥のように鉄柵にもたれたまま黙っていた。夜通し眠らなかった疲れと、昨夜来、満足な食事もしていない空腹感とが彼等の元気を奪っていた。

" こうして、じっと見つめていると、水って、なんて恐ろしいものなんだろう・・・・・"

 トン子は暗い水面を見つめて気勢の上がらないままに、心の中で呟いた。

 ほとんど流れの感じられない水面が、はるか沖合いから徐々に膨れ上がり、迫って来るような気がして、その巨大な体積と重量に圧倒される思いだった。

" まるで、今にも暗い水面がここにいるわたしたちを呑みこんでしまいそうな気がする・・・・・"

 トン子は思わず、「アッ」と小さな声を発した。同時に助けを求めるような視線をノッポとヤ安子に向けた。

「あれ見て ! フー子じゃない ?」

 トン子が指差しながら、緊張した声で言った。

「ほんとだ。あいつ、何処からあんな所へ行ったんだろう ? 」

 ノッポが間の抜けた声で言った。

 トン子はだが、気が気ではなかった。

 フー子は桟橋の最先端に立ち、じっと暗い水面を見つめていた。

 トン子には、フー子が今にも暗い海の中に身を投げてしまうのではないか、と思えた。

 フー子の長い髪が風に揺れ、彼女の背中を見せた姿が、異様なまでに暗い影を宿していた。

 トン子はすぐにでも階段を駆け降りてそばへゆき、フー子の華奢な体を抱き締めたい衝動に駆られた。だが、彼女は鉄柵に阻まれ、それが出来なかった。

 トン子は思わず大きな声を出していた。

「フー子 !」

 フー子が自分の声を聞いて、咄嗟に海に飛び込んでしまうのではないか、トン子は恐れた。

 フー子はだが、すぐに声のした方を振り返ると、トン子たちのいるデッキを見上げた。

 トン子は途端に緊張感のゆるむのを覚えて、その場にへたり込みそうになった。

「なんだって、そんな所にいるのよ。何処から行ったの。こっちへおいでよ」

 トン子はどうにか気を取り直してようやく言った。

 フー子は何も答えなかった。それでも黙ったまま踵を返して水際を離れた。

「おれ、寒くなっちゃったよ。車へ帰ろうよ。船がいなくちゃつまんねえや」

 ノッポが元気のない声で言った。

「ピンキーと画伯は何処にいるの ?」

 安子が始めて彼等の姿が見えない事に気付いて言った。

「知らねえ。あいつら、酔っ払いとアンパン中毒なんだから、どうしようもないよ」

「ねえねえ、画伯がさ、なかなかマンガが描けないもんだから、誰かに手塚治虫のマンガを一冊食べなければ、いいマンガなんか描けないよ、って言われてさ、本当に食べちゃったの知ってる ?」

 元気を取り戻したトン子が、安子とノッポの後を追い駆けながら言った。

「いつ ?」

 ノッポが、信じられない、といった声で聞いた。