雨の孤独(2019.1.25日作)
雨の日は 心も暗い
恋人よ あなたは来ないから
一人聞く アダモの唄が辛い
もしもこんな時 あなたに会えたなら
力の限り抱き締め 離しはしないのに
もう日が暮れる 夜が来る
雨に滲んで ネオンが点る
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いつの日も あなたと二人
幸せを夢見た あの頃に
今はただ 涙が帰るばかり
雨に暮れゆく 街角あの路地が
虚しく愛の終わりを 教えるだけなのね
もう再びは 帰らない
あんな幸せ 夢見た夜ごと
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影のない足音(2)
定職はなかった。バーテンダーの真似事やら、喫茶店のボーイ、キャバレーの呼び込みなどをして、その日暮しに日を送っていた。いわゆる悪(わる)ではなかったが、女たちとの関係は数知れずあった。水商売の女たち、あるいは今度の女のような行きずりの女たちと、その日の気分のままに、女たちを誘っては関係を続けていた。
だが、わたしの方から女たちに入れ込む事はなかった。たいがいは、わたしの方から嫌気が差して別れていた。一年と続いた関係はまずなかった。飽きっぽいと言われればそれまでだったが、わたしの心のうちには、どこかに乾いた感情があって、それが女たちに対しても熱くさせなかった。
女たちに対してばかりではなかった。日々、生きているという事自体にわたしは、微妙な違和感を抱いていた。生きる為の確かな芯が掴めていなかった。なんとなく心の奥底に不満があって、それがなんであるのかも分からないままに、その不満を払拭出来ないでいた。
---二度目に女に会ったのも、この前と同じバー「蛾」だった。新宿も外れの四ツ谷に近い場所にあったが、わたしの馴染みの店ではなかった。
わたしはそれでも、例の出来事があった次の土曜日、女を待つつもりで、わざわざその店へ行った。
女はしかし、来なかった。
「あの女は、よく来るのかい?」
わたしは、この前のバーテンダーに何気なく聞いた。
「いえ、初めて見えた人ですね」
二十歳を少し過ぎたぐらいに見えるバーテンダーは言った。
それで、わたしはなんとなく、女はもう、この店には来ないのではないか、と推測した。金を置いてゆくという行為の中に、手切れ金の意味を含ませたーー、女の無言の意思が込められている気がしていたのだった。
その夜、わたしが「蛾」へ行ったのも、また一つ顔馴染みの店が出来たぐらいの、単なる気まぐれからだった。女に会う事への期待など、気持ちの片隅にも持っていなかった。
時間はキャバレーの呼び込みを済ませたあとで、十一時を過ぎていた。扉を開けた途端に女の姿が眼に入って、わたしは足を止めた。
女はカウンターの一番奥まった席に一人、ポッネンとして座っていた。入り口に近い両端のカウンターには、若い男女の一組と、中年の男連れの一組がいた。
女が顔を動かした気配はなかった。それでも女は、カウンターの奥の棚に並んだグラスや酒の瓶を映し出している鏡の中で、わたしを見ていたらしかった。わたしが真っ直ぐ女の背後に近付き、並んでスツールに腰を下ろしても顔色一つ変えなかった。
「今晩わ」
わたしは言った。女の返事も待たずに、
「ずいぶん久し振りじゃない?」
と、顔を覗き込むようにして続けた。
女はわたしの顔を見ようともしなかった。
「そうでもないわ」
と、冷ややかな横顔で言った。
「いらっしゃいませ」
この前の若いバーテンダーではなかった。初めて見る顔の、三十歳ぐらいで穏やかな感じの、痩せぎすな男だった。
わたしウイスキーを注文した。
女の前にあるグラスには、空色をしたきれいなカクテルが三分の一ほど入っていた。
わたしはせわしなくポケットからタバコを取り出して火を点けた。それから一気に煙りを吐き出して、
「ここへは、よく来ていたの?」
と、指に挟んだタバコをくゆらせながら聞いた。
女は黙っていた。
バーテンダーがカウンターの上でグラスを滑らせ、わたしの前に置くとウイスキーを注(つ)いだ。
「この前、どうして帰ったの ? 眼を覚ましたら、あんたがいなくてびっくりした」
女はそれでも黙ったままで、グラスを口に運んだ。
「二万円、有難く貰っておいたよ」
わたしは皮肉を込めて言った。
「おれを悪だと思ったの ? それとも、おれを買ったのかな ?」
わたしは更に皮肉っぽく、女を追い詰めた。
女はなお、黙っていた。
「別に心配しなくても大丈夫さ。遊びなれてるから」
女は腕の陰に置いてあったタバコの箱から、細く長い一本を取り出して、赤いマニキュアをしたきれいな指に挟んで唇に運んだ。
わたしは百円ライターで火を点けてやった。
店内では、若い男女の一組がいなくなっていた。中年の男連れと、わたしと女だけになっていた。
いつの間にか看板の時間が来ていた。
女の白い顔が酒気を帯びて、ほのかに上気していいるのが分かった。
気付いた時には中年の男連れもいなくなっていた。
約束をしたわけではなかった。それでも女は、わたしを嫌がる風ではなかった。わたしたちは連れ立ってバーを出た。
女はタクシーの中で座席の背後に頭を持たせ掛け、眼をつぶった。
ひどく静かな印象だった。
女が自分から話し掛けて来る事はなかった。
わたしには、女が何を考えているのか分からなかった。
女はベッドの上でも、芯の溶け切れない堅さを残していた。
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わたしはそのあと、少し眠ってしまったらしかった。眼をつぶり、女の様子を伺うつもりでいたものが、気が付いた時にはどれだけかの時間が過ぎていた。