遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉264 小説 ナイフ3 ナイフの輝き 他 死の季節 

2019-10-13 13:21:36 | つぶやき
          死の季節(2019.10.7日作)

   
   訪れた死の季節
   身の廻わり 身辺 各所 周辺 に
   満ち 溢れ 漂う その気配
   訃報 日毎 去り逝く 
   あの人 この人 
   時は 待たない
   過ぎ逝く時が 運び来るもの
   人の成熟 その果ての 死 絶望
   今はせめて 心静かに 前方
   前を見つめ 迫り来る 断崖 絶壁
   死 その壁 死に向かって 
   歩を進め 歩いて行こう
   せめて悔いのない 命の終わり その時
   終末を迎える 
   心の準備をしよう ただ
   心静かに 逃れ得ない 運命
   死への
   諦念と共に 


          ----------


          ナイフの輝き (3)

 四百平米ほどの工場内をきちんと掃き清め、鉄屑を建物の裏手に寄せ集めてから、シャッターを降ろし、鍵を掛けた。
 すぐに洗面所に向かった。洗面所にはすでに先輩たちの姿はなくて、思いのままに石鹸を使い、鉄屑で汚れた顔と手を洗った。その後、更衣室に入って着替えをした。
 事務室にはまだ、明かりが点いていた。明夫はそこへは寄らずに工場の門を出た。
 田端駅までの十分ほどの道のりを歩いた。
 ラッシュ時の電車は混んでいた。明夫は人々の背中で圧し潰されそうになりながら、この人間どもの背中に思いきっり、昨日、手にしたばかりのあのナイフを突き立ててやったらどうなるだろう、考えた。
 池袋駅で電車を降りた。
 人でごった返す構内を西側出口に向かった。
 改札口を抜け、駅を出ると真っ直ぐアパートへの道を辿った。
 いつもの帰り道、ナイフのあった店の前を通る事は出来なかった。大通りの反対側を、遠目に金物店の店先を見つめながら歩いた。
 店では当然、ナイフの盗まれた事は分かっているのだろうが、店先には人の気配はなかった。自分の姿が取りあえずは、店の人たちの眼に触れる事のないのを知って、明夫は幾分かの安堵を覚えた。
 その日は、いつも夕食のために立ち寄る大衆食堂へも行かなかった。代わりに、弁当のパンを買うパン屋であんパンやクリームパンを余分に買い込んだ。
 アパートに着くと、しばしば顔を合わせる明夫の部屋の、上の部屋にいる水商売らしい女の出勤に気を配りながら、自分の部屋に入った。誰にも顔を見られたくなかった。
 部屋に入るとすぐにドアの鍵を掛けた。抱えて来たパンの袋をテレビの上に置いて、押入れを開け、隅に隠して置いたナイフを取り出した。
 一、二度、手のひらの上でナイフを弾ませながら、心地よい柄の感触を確かめてから、柄と刃の接点にあるボタンを押した。鋭く空気を切り裂く音と共に、瞬時に刃が飛び出した。瞬間、白銀に輝く刃の光りに眼を射られて思わず瞬きをした。それから改めて、しげしげとナイフがもたらす輝きを見つめながら、これが自分のものになったのだと思うと、押さえ切れない興奮と歓喜に囚われて、思わずその場で飛び上がっていた。
 柄の尻に小さく「十一万五千円」と印刷された小さな紙片が貼られていた。それに気が付いたのは、ようやく興奮が収まって冷静になり、再び刃を柄の中に収めたその後だった。慌てて、その小さな紙片をはがし取った。

             三

「いいかい、おまえは鬼っ子なんだよ。誰もおまえが生まれて来る事なんか、喜んでいなかったんだよ」
 母は酔って当たり散らす時、必ず憎悪を込めてそう言った。明夫の心にその事実を確実に刻み込んでおかなければ気が済まない、と言った風だった。
 幼い明夫は、それに口答えする事さえ出来なかった。ただ、顔も知らない父と、いつも自分に辛く当たる母を憎んだ。
「おまえを堕(お)ろす事も出来ない訳じゃなかったんだけど、おまえの親父への復讐のために、おまえを産んだんだよ。おまえを産んで、田んぼのあぜ道でわたしを強姦した、おまえの親父を一生、苦しめてやろうと思ったんだよ」
 明夫の記憶の中に刻み込まれた父親の姿は一切なかった。
「もともと、おまえの親父は村では酔っ払いのならず者で通っていたんだけど、おまえが生まれると知ると、一切、わたしに寄り付きもしなくなってさ」
 母は、復讐の念を滾(たぎ)らかすかのように、憎しみの口調で言った。
 父の消息は今でも明夫は知らなかった。知りたいとも思わなかった。
 母はそれでも、明夫が中学校を卒業するまでは、駅のある町で一杯飲み屋などで働きながら明夫を育てた。実家とは疎遠になっていた。孤立状態の中で、尻軽女の汚名と共に生きていた。
 母は、明夫が中学卒業と同時に、担任の教師に紹介された町工場に就職する為、上京する時にも、見送りにも来なかった。
「わたしはお店があるので、先生、宜しく頼みます」
 母はこの頃、小さな小料理の店を持っていた。
 雨が降っていた。明夫はむしろ、母の姿がない事にほっとした。これでようやく、母の愚痴から逃げられる、と思った。
 担任の教師、ただ一人に見送られて明夫はその日、午後の汽車に乗った。
 東京では、ほぼ一年の住み込み生活だった。経営者は担任の教師と大学の同期で、明夫に辛く当たる事はなかった。明夫が一人の生活を始める時にも、何かと心配りをしてくれた。
 一人でのアパート暮らしに明夫は、これまでにない解放感を覚えた。住み込み生活自体は、それ程、苦痛ではなかったが、これまでに暗い過去を背負って生きて来た明夫には、すぐには人の輪の中に溶け込めない性(さが)が染み込んでいた。経営者の子供たちの、同じ年頃の二人の姉弟ともうまく打ち解ける事が出来なくて、いつも避けるようにしていた。その重圧から解放された思いは、明夫に今までにない、生きる事の喜びにも近い感情をもたらしてくれた。自由気ままな生活が、これからは自分にも約束されていると思うと、初めて自分が生きている気がした。


          


      
      ----------------


        kyukotokkyu9190 様

   有難う御座います
   いつも温かいお心遣い、感謝申し上げます
   こうして、お言葉を戴けれると、やはり励みになります
   これからも、わざわざお言葉を戴かなくても、お読み下さっているのかと思いながら、書いてゆきたいと思っております
   
   ブログ、週に一度ですが、毎回楽しみに拝見させて戴いております
   独特の語り口、楽しいですね。何処からこんな発想が湧いて来るのかと想像しながら、拝見させて戴いております
   有難う御座います