自然と人と(2019.10.14日作)
昨日 笑顔で別れた人の
今日の運命(さだめ)を 誰が
予想し 知り得た だろうか
一瞬で 消え 変わる 人の命
はかなさ もろさ 消えた命は
二度と再び 戻らない
戻る事は ない
明日のあなたは
今日のあなた では ない
昨日のわたしは
今日のわたし では ない
移り 過ぎ逝く時の中 刻々 変わる
人の世 世の中 現実
事件 事故 災害 人災 天災
人と自然が紡いで織る
現実世界 その中 人は
自然の流れを 流れる木の葉
漂う小舟 無力な存在
自然の力 流れの中での
はかない存在
命 その愛おしさ
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ナイフの輝き(4)
四
仕事から帰ると明夫は、ほとんど部屋に籠ったきりでいた。土曜日に、風呂にいった後で映画を観に出る以外の外出はめったになかった。男性週刊誌のヌードやエロ雑誌が明夫にとっての唯一の慰めだった。ナイフを手にしてからは、そのナイフが力強い支えとなって明夫の気持ちを煽り立て、自分がいっぱしの人間になったような気がした。その気持ちの昂りと共に、グラビアに見る女性たちのヌードに次々にナイフを突き立てては、女たちを犯す夢想に酔い痴れた。今までにない快感が更に明夫を酔わせた。そして時には、その対象が時折り顔を合わせる、二階のホステスらしい女であったりした。
通勤にナイフを持参してゆく事はなかった。想像の中では、工場主任や厭な工員達にナイフを向け、日ごろのうっぷんを思い切り晴らす事もないではなかったが、その行為を実行に移すだけの勇気は、まだ、なかった。
始めてナイフを持って外出したのは、薄暗い四畳半の部屋の中での女たちを犯す行為にも飽きて、更なる何かの刺激が欲しくなって来た頃だった。ナイフを手にしてから、四か月ほどが過ぎていた。
その土曜日、明夫はいつものように風呂から帰った後、映画を観るために外出した。
駅前の繁華街の外れにある、二本建ての古い映画を上映する映画館を選ぶと、袋入りのあんパンと"カキのタネ"を買い込み、客席に座った。
上映開始と共にスクリーンには、高倉健や鶴田浩二などが華々しく活躍するシーンが次々に映し出された。明夫は"カキのタネ“を口に運ぶ事も忘れて、息を呑む思いでスクリーンに見入った。
最終回の上映が終わったのは、十一時近かった。映画館を出ると、池袋の繁華街にもさすがに夜(よ)の更けた気配が濃厚だった。ネオンサインの輝きにも、Ⅰ日の疲労感を映すかのように虚ろな影が濃かった。
明夫はそんな街の中を、今観て来たばかりの映画の興奮も冷め遣らぬままに、主人公が自分に乗り移ったかのような思いで、肩を怒らせて歩いた。ジャンパーのポケットでずしりとした重みを感じさせるナイフが、その思いを一層強いものにしていた。
一つの路地を曲がった時だった。三人連れの若い男達とすれ違った。そのうちの左端にいた男と肩が触れ合った。
相手は多少、酔っていたようだった。少しよろめいた体を立て直すと足を止めて、
「おい ! 気を付けろよ。この薄のろ 」
と言った。
明夫も思わず足を止めて振り返った。
普段の明夫なら、あるいは、相手が三人組だった、という事もあって、おとなしく謝るか、何も言わずに遠ざかっていたかも知れなかった。
しかし、その日は違った。映画を観た興奮がまだ醒め切っていなかった。その上にジャンパーの内ポケットには、ずしりとした重みを感じさせてナイフがあった。
相手は、明夫より頭一つ高い、大柄な二十二、三歳といった感じの男だった。それでも明夫は恐れなかった。相手の罵る言葉と共に込み上げる怒りの中で、咄嗟にポケットのナイフを意識した。
明夫の右手は素早く動いていた。映画の興奮が影響していたのかも知れなかった。ナイフを取り出すと、いつも四畳半の部屋で繰り返し実行していた、柄と刃の接点にあるボタンを押してナイフ開き、一歩退いてナイフを構えた。
相手の酔っているらしい大柄な男は、小柄な明夫を見くびっていたのかも知れなかった。明夫が構えたナイフを見ても恐れる様子はなかった。なおも明夫に向かって
来ようとした時、連れの男達が、その男を押しとどめた。
「おいおい、よせよ。構うなよ。行こう、行こう」
と、相手の男の腕を取って、引き戻した。
連れの男達二人はそのまま両側から、大柄な男の腕を取って歩み去って行った。
明夫は思わず、張り詰めた雰囲気から解放されて、ホッと溜め息をついた。
それでも、刃を開いたままに握られているナイフを改めて意識すると、その効果の絶大だった事に言い知れぬ歓喜を覚えて、自分が一廻り大きくなったような気がした。
その夜、明夫は映画を観たあと、いつも立ち寄る深夜営業の喫茶店にも行かなかった。真っ直ぐ自分の部屋に帰り、ドアに鍵を掛けて明かりを点けると、その下に立って、ポケットからナイフを取り出した。
明かりの下で点検するナイフの刃が、蛍光灯の光りに、ふと、きらめくのを眼にした瞬間、男達との言い争いを思い出した。大柄だった男の姿が眼の前に甦った。明夫は咄嗟に身構えると、甦った男の影に向かって、「やるのかよう」と、口に出して言っていた。
相手のたじろぐ様子のなかった姿を思い浮かべながら、もし、あのまま男が向かって来たら、ナイフを突き刺していただろうか、と思った。
それは自分にも分からなかった。
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kyukotokkyu9190様
有難う御座います。心より、御礼申し上げます。