遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉(463) 小説 いつか来た道 また行く道(23) 他 遠い風景

2023-09-03 12:39:47 | つぶやき
            遠い風景(2008.9.30日作)

 
 
 
 八月の陽光に輝く青い海
 沖合はるか彼方を一そうの白い船が行く
 障子の開け放された
 海風の吹き抜けてゆく座敷には誰もいない
 昼寝から覚めたばかりの五歳のわたしがいた
 わたしは何かの事情で銚子に住む
 子供のいない伯父夫婦の家に預けられていた
 遠い昔の記憶

 歳を経て 都会の雑踏に生きる今
 ふと 甦るあの時の光景
 あれは原初の風景
 孤独はいつしか
 わたしの親しいものになっていた




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             いつか来た道 また行く道(23)



 
 寒さを覚えて浴槽に入った。
 小さく染み出る血は湯の中でも止まらなかった。
 湯は中沢が入ったのかどうか分からなかったが、汚れてはいなかった。
 何時まで経っても止まらない血に苛々して両耳に手を当てると、思いっ切り湯の中に顔を突っ込んだ。
 乱暴に頭を振って髪を揺すった。
 身体の内にも外にもこびり付いた汚れをそうして払い落としてしまいたかった。
 苦しくなって顔を上げた。
 苛立ちはなお、収まらなかった。
 浴槽から出ると今度は、シャワーを手にして栓をひねり再び、頭の天辺から浴びせかけた。
 両手の肉刺から滲み出る血はその間にも細い筋となって腕を伝い、流れ落ちた。

 潰れた肉刺の痛みの為に身体を洗う事もせずに浴室を出た。
 中沢が使う為にと見せかけに置いたバスタオルで身体を拭き、脱衣所の棚からバスローブを取り出して身に着けた。
 下着は着けなかった。
 汗に汚れた下着など着ける気にはなれない。
 夏の間、入れ替わり立ち替わり、大勢の人達が来るこの別荘では、脱衣所に麗々しく下着など置いておくわけにはゆかなかった。
 それに今回はまさか下着の用意までには気が廻らなかった。
 バスローブを羽織ったままで運動室へゆくと、そこで初めて傷だらけになった手の治療をする気になった。
 血はタオルやバスローブで拭い取られたのか、何時の間にか止まっていた。
 小棚から三種類の塗り薬を取り出し、順々に皮膚が破れて白い肉が剥き出しになっている傷に塗り込んでいった。
 それぞれの薬がそれぞれに染みてその度に息を殺し、顔をゆがめてしばしの間、痛みに耐えた。
 薬が塗り終わったあとには絆創膏を貼った
 見るも無惨な手になった。
 仕方がない、と思った。
 その後、割れた爪の手入れをして広間へ戻った。
 ソファーに身体を投げ出すようにして座り込むと一挙に力が抜けて、暫くは身動きする事さえもが億劫だった。
 どれ程かの時間が経って、ようやく幾分かの気力を取り戻すと途端に激しい空腹を覚えた。
 母の元を発ってから食事らしい食事はしていなかった。中沢用に買ったバンのその店で自分の為にと買った一個のアンパンを口にしていただけだった。
 ソファーの背凭れから体を起こすと身を乗り出して、中沢が手を付けてからそのままになっていたテーブルの上の紙袋を引き寄せて中を覗いた。
 まだ何個かが残っていた。
 その中の一つを取り出して口に運んだが、口の中はカラカラに乾いていた。メロンパンのバサバサした感触だけが口中に広がって旨く呑み下せなかった。
 大急ぎでパンの入った袋の中から缶コーヒーを取り出して蓋を開け、口の中に流し込んだ。
 テーブルの上には先程、中沢が口にした缶コーヒーの空き缶だけが残っていた。
 何故か急に、先程まではそれを眼にしても気にする事もなかったものが中沢の存在と共に意識の中に甦って来て、わたしの心を捉えた。同時に、中沢の衣服から抜き取った物が玄関に置いたままになっている事にも気が付いた。
 立ち上がって急いで玄関へ行き、それらを手にするとソファーに戻った。
 手にして来た物をテーブルの上に置いて再びパンにかじり付いたが、空腹でいながら食欲はなかった。缶コーヒーで流し込みながらようやく一個のパンを食べ終えた。
 無性に煙草が欲しくなった。
 車の中に置いたままだった。
 仕方なく二本目の缶コーヒーを取り出して口に運んだ。
 煙草の代わりだった。
  二本目の缶コーヒーを飲み終えるとテーブルの上に空き缶を戻して大きく溜め息をつきながら、ソファーの背凭れに再び身体を預けた。
 疲れた ! と思った。
 心底疲れていた。このまま何も考えずに眠ってしまいたかった。
 頭が旨く回転しなかった。
 心底疲れていながら、神経は研ぎ澄まされていた。何故か、苛々した感覚が抜けきれなかった。
 ガラスの破片の切っ先のように神経が尖っていた。
 眼をつぶって苛々する神経と共に回転の鈍い頭で、夜が明ける前までにはこの村を出てしまわなければならない、と考えていた。
 もし、わたしの大きな車が朝の早い村の人達の眼に触れたら、わたしがこの村へ来た事の重大な証拠を残す事になる。
 ええ、その朝、大きな白い外国の車がこの村を出て行くのを見ました、
 村の人達は悪気のないままに素直にそう証言するだろう。
 そこからわたしのこの計画が綻びて行くーー。
 それでは拙いのだ。
 その為にも、夜の明ける前にこの村から出てしまわなければならない。
 突然、広間正面の高い所でカッコウ時計が時を告げ始めた。
 その唐突さに不意を突かれ、驚いて顔を上げると、カッコウは三時を知らせただけでまた、箱の中に身を隠してしまった。
 ああ、もう三時だ !
 疲労感と神経の苛立ちに朦朧としていた頭が冷や水を浴びせられたように立ち直り、緊張感に包まれると再びの時間との競いに意を注いだ。
 寒かった。自分自身に意識が戻ると急に寒さを覚えて身震いした。
 たった一枚のバスローブを身に纏っただけで、どれだけの時間、ソファーに凭れていたのか ?
 疲れた体でソファーから立ち上がると、もう、帰り支度をしなければ、と思った。
 少なくとも四時にはこの村を出てしまわなければならない。
 その前に、ここであった事の証拠となるものの総てを消し去ってゆかなければ・・・・
 この時ようやくわたしの頭は冷静さを取り戻していた。




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             桂蓮様


              新作 拝見しました
             知識と肉体は別物 肉体が知識に追い付けない
             やはり手術のせいで肉体 筋力が落ちているからではないのでしょうか
             筋力が回復すればまた元のように踊れますよ
             それまでの辛抱 努力ですね
             いずれにしても知識を身に付けるにはそれなりの努力が必要ですよね
             御文章の通りだと思います わたくしも常々 口にしているのですが 
             知識を得たからと言って それを実生活の中で活かす事が出来なければ
             なんの役にも立ちません
             アメリカではどうか知りませんが 我が国日本では
             知識だけ豊富でそれを実社会に活かす事の出来ない
             頭でっかち知識人のなんと多い事か そのような人間は口では立派な事を言っても
             実際の場面では何も出来ません 現在の日本社会の低迷も  
             そこから来ているのだと思っています
              納得のゆく御文章を面白く拝見させて戴きました
             何時も 有難う御座います
             一日も早く元の健康体に戻れる事 自由な動きの出来る日の来る事を
             願っております 



               takieziisan様


               桜色の風が吹く
                全く知りませんでした
               最近は映画館へ足を運ぶ事も無くなりました
              若い頃は話題作は残らず眼にしていたものですが               
               イノシシ 記事を拝見する度に思わず笑い出してしまいます
              イノシシの狡猾さ キャツもなかなか遣りおるのお という思い                      
               アオギリ ミヤマアカネ 藤の実 幼い頃眼にした風景を思い出します            
               八月川柳 懐かしい匂いに満ちています
              当地では蝉しぐれ 聞く事など出来ません
              子供の頃の夏のあの蝉の声の喧しさ 前にも書きましたが
               もう一度 あの自然環境の中に身を置いてみたいものです
              サンマも今は高嶺の花 時代は変わりました
               諸田作品 読みましたね
              他の作家などの作品と合わせるとどれだけの数になるのか
              この猛暑の中 わたくしは本を開いてみる気にもなれません
              もっともわたくしの読書は今は小説類に眼を向ける事もないせいか
              せいぜい二 三ページしか進みません
               寄り合い家族 複雑な環境 さて どう展開
              人の世は物語に溢れていますね              
               美しい写真の数々 今回も楽しませて戴きました
                有難う御座いました