短文六題(2020年~2023年作)
Ⅰ 物事は諦めたら終わり
喰らい付いてゆく
その時にこそ
成功への道が開ける
開かれる
2 今日は過去であり
未来だ
3 今日も何もなかった
この幸せ
4 さあ 生きるのだ
今日という日を生きる
今日は昨日の今日ではない
「禅」
5 岸うつ波
浜の松風ごうごうと
6 波がさらっていった
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いつか来た道 また行く道(25)
母は家の前の畑にいて何かの収穫をしていた。わたしの車が止まった事にも気付かなかった。
クラクションを二度鳴らして母の注意を喚起した。
車を降りて最初に母に頼んだのは食事がしたいという事だった。
「一晩中、車を運転して来たのでお腹が空いちゃった」
「朝の残りがあっけど冷めちゃってるよ」
母は言った。
「なんでもいいの。お腹に入れば」
一晩中、神経を張り詰め、極度の緊張感の中で車を運転して来た深い疲労感と共にわたしは力のない声で言った。
母が沸かしてくれたお湯でお茶漬け二杯を白菜の漬物と一緒に掻き込んだ。
「あん(何)でまた、そんなに腹ば空かして ? 途中、どっか(何処か)食うとごろはね(無)がったのが」
母は言った。
食事の後、少し寝かせて欲しい、と母に頼んだ。
「夜通し運転して来たので疲れちゃった」
「どご(何処)さ行って来ただぁ」
母は言ったが、わたしが夜通し車を運転してまで帰って来なければならない理由に付いては問い質そうとはしなかった。
夢にうなされる事もなかった。
正体もなく眠り続けた。
眼が醒めた時には午後の六時を過ぎていた。
周囲は真っ暗だった。
隣りの部屋の電燈がわたしが荒野で眠っている訳ではないと気付かせて安心感を誘った。
体中が痛かった。
布団の柔らかさと温もりが心地良かった。
このまま何時までもこうしていられたら、と、ふと甦る幼い頃への記憶の懐かしさと共に、身体中に感じる痛みに改めて、これからのわたしを待ち構える日々の現実の厳しさを思わずにはいられなかった。
わたしが起きてゆくと母は台所で何かを刻むまな板の音を立てていた。
わたしの顔を見ると、
「ああ、ちょうど良がったよ。晩餉の支度が出来たとごろだ」
と言った。
「ぐっすり寝ちゃったわ。もう、すつかり暗くなっちゃって」
わたしはいい訳のように言った。
「昼に起ごしにいったら、あんまりよぐ寝でるで起ごさなかっただよ」
母は言った。
「そう」
わたしは笑顔で言ってから、
「今、何時かしら ?」
わたしが居た頃のままにある古びた柱時計を見ながら言った。
時計の針は六時半を過ぎた位置にあった。
「これがらけえ(帰)るのが ?」
母はわたしの様子を見て敏感に察したらしかった。
「うん、明日、ちょっと大事な用事があるもんだから」
「今夜、ゆっくり寝で、明日の朝けえるわげにはいがねえのが ?」
母は言った。
「うん。わたしも久し振りに母ちゃんの顔を見て、ゆっくりしたいんだけど、それが出来ないのよ。大事な仕事だもんだから」
何も知らない母に嘘をつく心苦しさを懸命に抑えてわたしは言った。
何も知らない母に嘘をつく心苦しさを懸命に抑えてわたしは言った。
「まったぐ忙しいこったなあ」
前日の事といい、母は呆れたように言った。
母と夕食を共にした後、九時少し前に家を出た。
わたし自身、母とゆっくり語り合いながら一夜を過ごす事が出来たらどんなに幸せだろうと思いながら、それが出来ない自身の立場の苦しさを否が応でも認識せざるを得なかった
食事の間中も絆創膏をはがした荒れた手を母に気付かれはしないか気が気ではなかった。
いよいよ発つ時になってわたしは母に言った。
「ここに三十万円入っているからお小遣いに使って」
暗い庭先で白い封筒を差し出して母に言った。
「三十万 ?」
母はわたしが言った金額に驚いたらしく、差し出された封筒を手にしながら何か疑うような顔でわたしを見詰めて言った。
「うん」
わたしはただそれだけを答えて母の視線から逃れるように背を向けて車のドアに手を掛けた。
「だっておめえ、こんなに置いでいって後で困んねえのが ?」
田舎暮らしのほとんど自給自足の生活をしている母に取っては、普段、滅多に手にする事のない大金だった。
「うん、大丈夫よ。仕事がなんとか旨くいってるから」
車のドアに手を掛けたまま母に向き直って言った。
「そうが」
母は言ったが、それでも心配そうだった。
いよいよ車を出す時になってわたしはハンドルを握ったまま、運転席の窓を開けて母に頼んだ。
「それから、もう一つお願いがあるの。もし、誰か知らない人が訪ねて来てわたしの事を聞いたら、ずっとこの家に居て何処へも行かなかった、って言って置いて貰いたいの。仕事で疲れたって言って寝てばかりいたって。多分、誰も来る事はないと思うけど」
母はわたしの訳の分からない言葉に少し驚いた様子で、
「あ(何)んでだね。あに(何)が都合の悪りい事でもあんのが」
と聞いた。
「ええ、そうなの。仕事の都合上、是非、そう言って置いて貰いたいの」
「わがったよ。そんなら、そう言っておぐよ」
母は納得したらしかった。
暗い庭先で母が見送る中、わたしは車を動かした。
母は少し前屈みになった身体で右手を振って見送ってくれた。
わたしはそんな母の次第に遠ざかってゆく姿をバックミラーの中で見詰めながら、自ずと溢れて来る涙を抑え切れずに思わず嗚咽していた。
四
東京へ帰った日、わたしはひたすら眠っ過ごした。
入口の扉には鍵を掛け、窓という窓を閉ざしてカーテンを引き、完全に外の世界を遮断した。
これで誰に侵入される事もないと思うと、ようやく自分の城に帰ったという安心感を得た。
もう、中沢の電話に悩まされる事もない。
電話は留守番電話のままだった。
フッァクスが何通届こうが今のわたしには関係ない。
ただ眠りたいだけだ。
何も考えずに眠りたい !
身体の芯から疲れ切っていた。
中沢の家に忍び込む仕事がまだ残っていると思いながらも、身体も心も自分の思いのままには動いてくれなかった。
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takeziisan様
今回も豊富な内容の記事 楽しく拝見させて戴きました
さて 何から書こう ?
彼岸花 コスモス もうそんな季節か・・・
以前にも書きましたが好きな花です それに記事にもある
赤いサルビア これにカスミソウ リンドウを入れて
最も好きな花々です
栴檀の実も懐かしいです 田舎のわが家の門の横に二本の栴檀がありました
やがて黄色くなりシギが来て啄み落ちて・・・・
タマスダレ わが家の屋上でも満開です
猛暑の中で芽さえ見せていなかったものが
少しの雨と共に一気に咲き出しました
性の強さに感服です その白が華やか見事です
クサギの時間変化 お見事です
ススキの穂 秋ですね それにしても良い環境にお住まいです
幸せはここに 良い歌です
大橋節夫 飯田久彦 共に亡くなりましたね
飯田久彦は何処かレコード会社の社長まで務めましたが
わたし等よりは若いはずなのに
いずれにしてもわたくし共には総てが
過去の思い出になってしまいます
ゴーヤ 二 三日前 珍しくスーパーに並んでいたので
買って来ました
御写真で拝見する様々な野菜の新鮮さとは程遠い
惨めな鮮度です
食味が全然異なります
羨ましい限りです
寄り合い家族
時代小説を読んでいるような感覚です
面白く拝見させて戴いております 次回が楽しみです
何時も有難う御座います
駄文にお眼をお通し戴く事への感謝と共に
御礼申し上げます