遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉(485) 小説 希望(9) 他 欲望

2024-02-11 12:00:20 | 小説
             欲望(2021.3.10日作)



 人は欲望によって 行動する
 欲望を持たない人間は 死んだ人間
 欲望 その欲望が 人を
 高みへと 飛翔 飛躍 させる 
 しかし 欲望は
 無限自由 自由無限では ない
 人は 人との関係 係わりの中で 生きる
 人との係わりを損なう欲望は 悪の欲望
 罰せられ 拘束され 棄却されて然るべき 欲望
 正ではない 負の欲望
 ✕(バツ)の欲望




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             希望(9)




 北川はバイクを買って仲間に入れと頻りに勧めたが、修二にはその気が無かった。
 誰にも煩わされず、一人で街を歩いている時が一番気持ちが休まった。
 依然として心の中には堅く凍り付いて溶けないものがあった。
 それが何処から来て、何に依るものなのかは修二自身にも分かっていなかった。分かろうともして来なかった。
 今の修二に取って必要なのは一人だけの時間だった。一人だけの時間の中で思いのままに過ごす事、それ以外に今の修二が望む物は何も無かった。
 その日、修二は何時もの休みの日のようにゲームセンターで長い時間を過ごした。その後、デパートの屋上へ行った。
 屋上には庭園があった。
 様々な小動物や小鳥、植木や草花などが売られていた。
 修二が好きなアイスクリームやハンバーガーを売る店もあった。
 休日の最後は何時もそこで過ごした。
 六、七人の人と一緒にエレベータ―を降りて修二は思わず足を止めた。
 右側の壁の辺りから強烈に修二の意識を貫いて来るものがあった。
 様々な催し物のポスターが貼られていた。
 その中の一枚に修二は吸い寄せられたように近付いて行った。
 高木ナナの名前と笑顔がそこにはあった。

       高木ナナ スペシャルステージ
        トップアイドル遂に登場 !
              県民ホールに於いて
              十九日 水曜日のみ

 ポスターの中の高木ナナはそこでもやはり、修二が見馴れた何時もの微笑みを浮かべていた。
 修二はその微笑みを意識すると途端に胸が締め付けられるような感覚を覚えて息苦しくなった。
 修二が毎晩、自分の部屋で見馴れている高木ナナがそこにいる !
 心臓の鼓動が速くなるのを意識して咄嗟にその場を離れた。
 湧き起こる高木ナナへの甘い感情に誘われ、何時もの夜の二人だけの世界に引き込まれてしまいそうな気がして自身への危うさを覚えた。
 少し距離を置いた場所へ戻ると漸く気持ちも落ち着いて、思わず深い息を吐いた。
 改めて冷静な眼差しでポスターに眼を向けると細かい文字を読んだ。

 < 前売り券残り僅少 当日売りなし 午後六時三十分開演 >
 
 水曜日なら店が休みだ !
 咄嗟に頭の中を走る思いがあった。
 歓喜の思いと共に、高木ナナと握手をした時の感触が生々しく甦った。
 修二は急いでエレベーターへ戻ると入場券売り場のある地階へ向かった。
 もしかして もう売り切れてしまってるのではないか ?
 エレベーターにいる間中、気持ちが落ち着かなかった。
 抱いた危惧は半分、当たっていた。
 一階席は総て売り切れていた。
 二階席後部に僅かな席が残っていた。
 代金の三千円は持っていた。
 二階席後部という位置が不満だったが、買わずに見送ってしまう事の方が心残りな気がして購入した。
 手にした入場券を改めて見つめ直した。
< 高木ナナ・オン・ステージ >と書かれた文字が期待感と共に心の中で躍った。
 期待に高まる胸で前売り券を改めて袋に収め、宝物のように大切にズボンの尻ポケットにしまった。
 今日は七月五日だから、二週間後の水曜日だ。
 その日を待ち遠しいように思った。

「明日、県民ホールへ高木ナナのショウを見に行くので、夜、部屋を留守にしていいですか」
 火曜日の夜、店が終わった後でマスターに聞いた。
「高木ナナのショウ ?」
「はい。六時半からなんで」
「構わねえよ。高木ナナのファンなのか ?」
 マスターは修二の顔を見て笑顔で言った。
「はい」
 その夜、修二は押し入れから布鞄を出して中に仕舞ってあった高木ナナのサイン入り色紙を取り出した。
  
   高木ナナ      
     
  山形修二君へ
   これからもよろし 
     応援してね !

 色紙の文字を丁寧に辿りながら、明日はこれを持って楽屋へ行って握手をして貰おと考えた。
  高木ナナはきっと懐かしがって、喜んで握手をしてくれるに違いない。事に依ったらまた、新しいサインも貰えるかも知れない。
 当日、修二は二十分程バスに揺られて県民ホールに着いた。
 広場では既に開場を待ち切れない若者達が入場の順番待ちをして長い行列を作っていた。
 修二が行列の最後部に並んで三十分程してから開場が告げられた。  
 客席が埋まり場内の騒めきも収まって間もなく、金糸で縁取りされた真紅の豪華な緞帳が上がり始めた。
 やがて舞台の中央に、バンドを後方に従え、スタンドマイクに手を掛けて立っている高木ナナの姿が足元から徐々に見えて来た。
 その全身が現れて緞帳が上がり切ると同時に演奏が始まった 
 会場内いっぱいに大きな音が響き渡った。
 高木ナナがスタンドマイクに手を掛けたまま歌い始めた。
 高木ナナ独特の透き通るような響きのいい声が一気に会場内の観客を虜にした。
 黒いレザーパンツにノースリーブの赤いシャツ、ヒールの高い赤のブーツを履いた高木ナナの細身の体がスタンドマイクを手にしたまましなやかに舞台の上を動き廻った。
 熱狂と興奮、会場全体が一瞬も途切れる事のない歓声に沸き返った。
 修二もその渦に巻き込まれていた。
 約二時間、高木ナナは熱狂的に歌いまくった。<目まぐるしく変わるライト><スモークにかすむステージ>プログラムに踊る言葉そのままに、夢の中の事かと思われる世界が展開された。と同時に修二は奇妙な感覚の混乱にも陥っていた。
 今、眼の前に見ている高木ナナが普段、ポスターやテレビの中で見ている高木ナナと同じ人だとはどうしても思えなくなっていた。 
 奇妙に遠い感覚の中にいた。何処か、見知らぬ世界の人のような気がしてならなかった。
 何年か前、田舎のレコード店で握手をした時の、あの柔らかい手の感触が舞台の上の高木ナナに感じ取る事が出来なくなっていた。正しく夢の中の人のようにしか思えなかった。それでも高木ナナは最後の曲が終わると自身も昂揚した声で、
「みんな、声援どうも有難う !」
 と、客席に向かって手を振り、言った。
 一斉に拍手と歓声が沸き起こって観客は総立ちになり、会場は興奮のるつぼに陥った。
 やがて降り始めた緞帳がそんな高木ナナの姿を見えなくしていった。
 場内に明かりが点いた。
「早く外に出て車に乗るのを見ようよ」
 修二の隣りにいた女の子達が興奮した声で話し合っていた。
 修二もその声に誘われた様にその気になり、女の子達の後を追った。高木ナナの楽屋を訪れる心算でいたその思いも忘れていた。