先ほど思い出したのだが、先週兄金蔵に会った気がする。その時彼の隣には、かつて美女だったかもしれない女性がいた。
年季はともかく、入れ込みようは周りの人たちと比較にならないほどだった。そう、彼は堂々と自分を若者という。せめて前置きに、自称と言ってくれればいいのだが、言われた者たちは度々言葉に詰まっている。それを見ているのも楽しい.
何ものにも興味を示さない若者は、今非常に多い。
何事にも興味深く見て検証しようとする彼を、若者たちは是非教訓としてもらいたい。
無関心そうでいて実はそうでない。焦点の定まらない目をしていて実は目力がすごい。だから僕は心配していない。
開演、そして演奏が始まった。約三時間、ポールは水も飲まなかった。
そんなポールを、兄は水も飲まないで一度も座らず仁王立ちのままでいた。ただ、口をもぐもぐ動かしていたのには、すごく奇異に思えた。歌でも歌っているのか? 耳を澄ませたが、もぐもぐは解明できなかった。
そうか、きっとポールになりきっているのだ。僕の予想は意外と当たる。
ポール牧は往年の輝きを見せていた。時おり見せる指パッチンは僕らを抱腹させ、さらに彼の活き活きした目はみんなを魅了し続けた。
僕の右隣では、かつて美女だったかもしれない女性が指パッチンに合わせ踊りまくっている。
そんな異様な空気の中で僕は黙って椅子に座り水分補給をした。左横では、立ちっぱなしが若さの証しとでも思っているのか、相変わらず口パクに励む兄金蔵がいる。
僕は、この微笑ましい光景を二人の狭間で密かに楽しんでいた。
翌日、箱根の天成園という温泉旅館に行った。露天風呂に浸かり周りに広がる紅葉を眺める。
前日の微笑ましい光景に引き続きこの日の爽快な光景、なんとも乙な感を連日味わえたのであった。
何しろバーゲン価格だったから、料理はバイキング形式で食べ放題。目がらんらんと輝いた。芝エビはバナメイエビ、ステーキは牛脂注入肉か、なんて考えもせず超満腹に食べてしまった。偽装だろうがなんだろうが、美味くて安ければいいんだ。