(1)
この日僕とフー坊は、新宿駅からオレンジ色の中央線に乗って国分寺駅まで行った。そこは僕の根城がある。駅からアパートまでは四~五分。朝の陽光は、まだ梅雨に入ったばかりなのに目を細めなくてはならないほど容赦がなかった。
「水晶マンションって遠いの?」
「いや、あと三十秒くらい」
次の角のタバコ屋を左に曲がった。
「着いた」
眼前に現れたそれを見てもフー坊は何も言わなかった。
ところどころ錆びついた階段を昇って、二階の外側の横開きドアを開けた。年季が入っていて一度では開かない。必ずガタッと引っかかるところがあって、そこを少し乱暴に蹴飛ばすと直る。
水晶マンションというのは僕が勝手につけた名前だった。実際は水晶荘。二階建て木造モルタルアパート。一階六所帯二階六所帯、全部で十二所帯が入っている。初めて見たとき、名前と姿かたちがあまりにも違うので冗談交じりでつけたのだ。
無心に箸を動かすフー坊。僕は呆気に取られ目を丸くした。
さらに、買ってきたあんパンもぺろりとたいらげ、まだもの足りないという表情を見せている。
「ダメだよ。もうないよ。俺のおごりはここまで」
「あいがとさげもうした」
僕は眉を寄せた。
「あいがとさげもうした」もう一度いった。
そして彼は僕の傍ににじり寄って、媚を売るように品を作った。
「おいおい、お前、そっちか」苦笑いし少し突き放した。
このフー坊は、プレメで知り合った。
天性のリズム感を持っているのか、踊りがめちゃめちゃ上手くて、ヒョロリとしていて背が高くて、人懐っこくて、あどけない笑顔は誰とでも仲良くなれるという要素を持っていた。少々アホっぽいところもまた可愛かった。さらに特徴的だったのは前歯が二本なかった。すぐ僕は彼のことが好きになった。
聞くところによると、実家は鹿児島県で親戚の家が東京にあるという。年齢16歳。まさに少年。僕より二歳下。