ぐーちゃんgoo日記

ぐーちゃんgoo(倶輔丼)の独り言、つぶやき。

R6.9.23(祝)「京都」no.2

2024-09-23 15:59:11 | Weblog

翌日の9/8、妻一人を部屋に残し(許可済)^^、ぶらぶら散歩に出かけることにした。ホテルを出た。10時半を回ったばかりだというのに、夏の名残りの太陽が降り注いでいた。それは帽子に容赦なく襲いかかる。

スマホの地図を立ち上げた。どうも近くには目ぼしい場所がなさそうだった。それでも少し足を伸ばすと建仁寺という、聞いたことのありそうな名前を見つけた。でも、ちょっと距離がありすぎる感じがする。散歩はせいぜい往復一時間以内が限度。肝心の法要をうっかり忘れてしまいそうになる。

京都特有の風情を肌にひしひし感じながら、狭い路地をのんびり歩いた。傍にあった住居表示を見ると清水五条となっていた。

初めて歩く道は、どこか新しい発見が期待出来て、心もわくわくする。

その時、ふらふらする気配を感じた。今までも時たま起こっている、あれだ。嫌な予感がよぎった。大丈夫だと念じ、歩を進めていく。左手に平屋建ての家屋が見えた。東山警察署松原交番という表示があった。その建物の正面玄関の上には瓦のひさしがあって、京都ならではの風情を感じた。またちょっと進んで行くと、今度は右手に「不思議茶屋バラライカ」という風変わりな名前の看板があった。遠目からみると、そこは路地になっていてその奥にあるらしい。茶屋というからにはお茶屋さんだろう。興味が湧いたものの、その一方で路地の奥にあるというのが僕を後ろ向きにした。とりあえず深入りすることはやめた。

六波羅密寺という寺の傍に、自動販売機があった。そうだ、喉がカラカラだったのだ。ちょうど日陰になった場所で水分補給。折角だからちょっと寄って、お賽銭を入れお参りをした。少しの間、そこで時間をつぶしたあと、時計に目を落とした。そろそろ帰途に就くほうがいい。

そこは車一台通れるかどうかの小路だった。その薄暗い路地の先に、明るい五条通りが見えた。道の両側は風情ある格子窓の家が軒を連ねていた。懐かしい家並みの中に、柔かい筆致で町家「ながら」と書かれた白木の表札があった。束の間、立ちどまった。古い歴史ある建物なのに、化粧を施したようにきれいに整っていた。その隣りの家も町家となっている。いぶかしく思いながらも歩を進めると、五条通の広い道路に出た。

法事は滞りなく終えて新幹線の中で町家のことを調べた。……ふむふむ。

それで、思い違いが解消された。芸者や舞妓さんらがいる家(置屋)と勘違いしていた……。

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R6.9.16(祝)「京都」

2024-09-16 16:46:37 | Weblog

一度と言わず何度でも行きたいと思うのが京都。

京都は、僕の生まれ故郷でもある。とはいえ、自由にいつでも行けるというものでもない。特別な用件がないと……。

一ヶ月ほど前のことだった。ポストに一枚のはがきが入っていた。差出人を見ると、京都の叔母さんからだった。中に書いてあったのは、9/8(日)叔父さんの23回忌法要を智積院で行うという内容だった。

一も二もなく行くことに決めた。京都あたりなら日帰りで帰って来れないこともないが、敢えて前日から行くことにした。

そうと決まったら、はやる気持ちを抑えつつも、予定を立てるのはとても楽しい。

古式床しい京の街並みを想像してみる。きっと満喫できるだろう。そう思うだけで心が躍った。

スマホで「えきねっと」を立ち上げ切符をとり、更に宿泊先を検索し予約を入れた。

9/7(土)、10時過ぎの新幹線に乗った。昼過ぎに京都駅に着いて、駅ビル内のラーメン屋で昼食をとった。駅前はインバンドの外国人でごったがえしていた。とりあえず、タクシー乗り場に向かった。数十人の客が列をなしていたが、タクシーの数も多く、十分もせずに乗ることができた。

ホテルは五条大橋のすぐ近くだった。四時過ぎ、そろそろ陽も傾き始めるころだろうと、近くを散策することにした。鴨川沿いに、古めかしい昭和初期の趣をそのまま残したような建物を見つけた。料理旅館鶴清と書いてあった。興味をそそられ、電話を掛けた。

五時半、先ほどの鶴清に行った。川床で京料理が楽しめるのが売りだったが、妻の体調がイマイチで部屋の中で食事をとることにした。何気なく部屋の隅々を見回した。床の間の掛け軸には、一見見返り美人のようななで肩の和服女性が描かれており、歴史と時の流れを感じさせる空間だった。

翌日9/8(日)は次回……。

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