トビー・フーパーが亡くなった。彼の『悪魔のいけにえ』(74)や『悪魔の沼』(76)を見たのは高校生の時だった。その時のメモは残っていないが、何か見てはいけないものを見てしまったような衝撃を受けたことは鮮明に覚えている。彼の映画に関するメモが幾つか残っていたので、あの頃を思い出しながら…。
『ポルタ―ガイスト』(1982.8.11.新宿スカラ)
『悪魔のいけにえ』『悪魔の沼』など、ゲテモノホラー映画で名をはせたトビー・フーパーと、『未知との遭遇』(77)のような感動的な映画を作り出すスティーブン・スピルバーグ。この、一見、水と油のような2人が監督とプロデューサーとして手を組んだ映画は、一体どんなものに仕上がっているのかと興味深かったのだが、見てみれば何のことはない、完全にスピルバーグの世界一色だった。『未知との遭遇』の異星人との接触を、今度は霊に置き換えたに過ぎないような感じがした。
例えば、いわゆる脅かしの部分ではフーパーの持つ個性が生きたかもしれないが、ただそれだけでは、見終わった後で「あー怖かった」という感慨しか浮かばないような、底の浅い映画になってしまっただろう。
だが、この映画には大きな芯が一つ通っている。それはスピルバーグが好んで描く家族愛と子供の持つ純粋さである。従って、ホラー映画なのに、どこかおとぎ話を見ているような気にさせられてしまう。これはどう考えてもフーパーの持つ感覚ではない。
他にも、まばゆいばかりの光の使い方は『未知との遭遇』、脅かしのシーンは『ジョーズ』(75)や『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(81)をほうふつとさせる。加えて、自然破壊やテレビへの皮肉を織り交ぜるあたりもスピルバーグならではだし…。こう考えてくると、この映画の中にフーパーの姿を見付けるのは極めて難しい。三日間で監督を降ろされたという噂もさもありなんという感じである。
さらに付け加えれば(ちょっとしつこい)、登場するのは極平凡な普通の家族であって、フーパーが描くような異常な人たちではない。その普通の家族が未知の代物である霊と戦うのだから、見ているこちらも感情移入がしやすい。このように、日常の中に超現実を描き込むという芸当もスピルバーグの領域である。何だかスピルバーグ礼賛になってしまったが、どう考えてもこの映画は彼の世界なのだから仕方がない。
また、この映画を単なるホラー映画に終わらせなかった大きな要素として、ジェリー・ゴールドスミスの音楽も忘れてはならないだろう。その他、若くて強い、魅力的なママを演じたジョベス・ウィリアムズが印象に残った。
【今の一言】35年前のメモ。今改めて読むと「フーパー監督ごめんなさい」という感じもするが、これはこれであの時の正直な感想なので仕方がない。アメリカも、日本のNHKと同じように、放送終了時に国歌を流すことをこの映画で知った。