就職・アルバイト ブログランキングへ
にほんブログ村
新年あけましておめでとうございます。
今年も当ブログをよろしくお願いいたします。
新年はベートーベン・マジック。
第九のメロディにのせて就活テーマだ。
tarebonの心に残る話からどーぞ。
★★★定期更新は★★★
原則週2回(水・日)+増刊で予定です。
新年は1日からダッシュ!
★★★☆☆☆☆★★☆☆
■中学3年生の授業で“第九を歌わせる”
年末に限らず、最近は年始にも演奏される機会が多いベートーベンの第九。
メロディは誰でも知っているし、歌える人も多いですよね。
tarebonが中学3年生の時、選択教科の音楽で
“ベートーベンの第九を練習して発表会で歌おう”
という授業がありました。
普通の公立中学ですが、そういう授業を音楽の先生が考えたわけです。
第九の歌詞の発音をカタカナで書いたプリントが渡されて
楽譜と一緒に練習をしたんですが
合唱だけでなく、ピアノ伴奏やソロパート、指揮者まで(!)
すべて生徒でやるというすごい授業でした。
音楽の先生はあくまでサポート役で
指揮者やピアニスト、ソロパートの生徒も指導していたんです。
■多感な時期のチャレンジの軌跡
音楽の先生は生徒の力量をチェックして、ある程度の素質を見抜いてました。
たとえば指揮者役のU君は
お父さんがNHK交響楽団の団員で“音楽家の子ども”というプライドがあったし
ピアニストのSさんもピアニスト志望で音大進学をめざしていました。
ソリストに選ばれた子もそれぞれ
「僕達がベートーベンの曲を演奏するんだ」
というプロ根性のようなチャレンジ精神が芽生えたしね。
合唱するtarebonたちも歌詞がドイツ語ということで
“授業で習う英語と何が違うんだろう? 綴り字も変わったものがある!”
という言葉への知的な興味も高まって、なんだか盛り上がった記憶があるんです。
2月頃になって全校生徒の前で演奏したとき
なんとか演奏をやりおえたとき、全員ステージで感激したものだよ。
「“自分たちだけで、すごい曲に”チャレンジしたんだ」
という成長意識・達成意識・高揚した自立意識が芽生えたのだからね。
■音楽教師の指導の力量
たとえば
音楽科の教員というのは、たいてい自分で指揮をやりたがる。
芸術科目の教員は
教員をやりたくて教員になる人よりも
芸術家の夢を妥協して、現実的な就職の道として
教員を仕方なく選択した人のほうが圧倒的に多いものなんだ。
(tarebonの両親は父親が美術、母親が音楽の教員だったので断言できます)
ただそうした職業選択であっても
教員としてのプロフェッショナルな意識のほうを成長させて
自分で指揮をするよりも“生徒自身に指揮を指導し、合唱演奏させる”
指導技術を発揮する音楽教師のほうがはるかにステキなことだと思ったよ。
中学3年生に第九を演奏させるというのは、
本当に“音楽と教育の両方の指導力”がないと難しいものだ。
・・・・・
中学3年生というのは10代前半で一番多感な時期です。
高校受験を目前にして将来の進路のことを漠然と考え、感受性と知性の発達カーブが
急速に高まる瞬間でもあります。
そういう時期に学んだ音楽や美術、文学などのアーティスティックな領域は
以外に深く成長にかかわるものなんだろうね。
・・・・・
このときに覚えた第九の歌詞とメロディは、ずっと忘れず、いまだに頭の中で再生できます。
(そして「自分たちでハイレベルなものをやりきったという誇りのようなもの」もずっと!)
■最初の原点は中学時代に
音楽教師は音楽家よりも、むしろやはり教師こそ目指して欲しい
という話ですけど
ここまでずっと書いている体験は、もうひとつ
エントリーシートを書くための自己分析の方法論でもあります。
過去を振り返るとき、とくに就活の志望動機に絡めた
自分の原点を振り返るとき
いちばん重要な意識形成は中学時代の体験にあることが多いものだよ。
~~tarebonメッセージ~~
社会人でも時として
14歳前後の成長期の記憶を紐解いてみよう。
だれでも忘れていた「自分の成長の原点」が見えてくると思うからね。
2014.1.1
今年もこういう調子です!
★★★定期更新は★★★
原則週2回(水・日)+増刊で予定です。
新年は1日からダッシュ!
★★★☆☆☆☆★★☆☆
☆就活の息抜きはこちら☆
東京メトロ・リラックマ線が行く~tarebonkumaのブログ~
就職・アルバイト ブログランキングへ
にほんブログ村
にほんブログ村
新年あけましておめでとうございます。
今年も当ブログをよろしくお願いいたします。
新年はベートーベン・マジック。
第九のメロディにのせて就活テーマだ。
tarebonの心に残る話からどーぞ。
★★★定期更新は★★★
原則週2回(水・日)+増刊で予定です。
新年は1日からダッシュ!
★★★☆☆☆☆★★☆☆
■中学3年生の授業で“第九を歌わせる”
年末に限らず、最近は年始にも演奏される機会が多いベートーベンの第九。
メロディは誰でも知っているし、歌える人も多いですよね。
tarebonが中学3年生の時、選択教科の音楽で
“ベートーベンの第九を練習して発表会で歌おう”
という授業がありました。
普通の公立中学ですが、そういう授業を音楽の先生が考えたわけです。
第九の歌詞の発音をカタカナで書いたプリントが渡されて
楽譜と一緒に練習をしたんですが
合唱だけでなく、ピアノ伴奏やソロパート、指揮者まで(!)
すべて生徒でやるというすごい授業でした。
音楽の先生はあくまでサポート役で
指揮者やピアニスト、ソロパートの生徒も指導していたんです。
■多感な時期のチャレンジの軌跡
音楽の先生は生徒の力量をチェックして、ある程度の素質を見抜いてました。
たとえば指揮者役のU君は
お父さんがNHK交響楽団の団員で“音楽家の子ども”というプライドがあったし
ピアニストのSさんもピアニスト志望で音大進学をめざしていました。
ソリストに選ばれた子もそれぞれ
「僕達がベートーベンの曲を演奏するんだ」
というプロ根性のようなチャレンジ精神が芽生えたしね。
合唱するtarebonたちも歌詞がドイツ語ということで
“授業で習う英語と何が違うんだろう? 綴り字も変わったものがある!”
という言葉への知的な興味も高まって、なんだか盛り上がった記憶があるんです。
2月頃になって全校生徒の前で演奏したとき
なんとか演奏をやりおえたとき、全員ステージで感激したものだよ。
「“自分たちだけで、すごい曲に”チャレンジしたんだ」
という成長意識・達成意識・高揚した自立意識が芽生えたのだからね。
■音楽教師の指導の力量
たとえば
音楽科の教員というのは、たいてい自分で指揮をやりたがる。
芸術科目の教員は
教員をやりたくて教員になる人よりも
芸術家の夢を妥協して、現実的な就職の道として
教員を仕方なく選択した人のほうが圧倒的に多いものなんだ。
(tarebonの両親は父親が美術、母親が音楽の教員だったので断言できます)
ただそうした職業選択であっても
教員としてのプロフェッショナルな意識のほうを成長させて
自分で指揮をするよりも“生徒自身に指揮を指導し、合唱演奏させる”
指導技術を発揮する音楽教師のほうがはるかにステキなことだと思ったよ。
中学3年生に第九を演奏させるというのは、
本当に“音楽と教育の両方の指導力”がないと難しいものだ。
・・・・・
中学3年生というのは10代前半で一番多感な時期です。
高校受験を目前にして将来の進路のことを漠然と考え、感受性と知性の発達カーブが
急速に高まる瞬間でもあります。
そういう時期に学んだ音楽や美術、文学などのアーティスティックな領域は
以外に深く成長にかかわるものなんだろうね。
・・・・・
このときに覚えた第九の歌詞とメロディは、ずっと忘れず、いまだに頭の中で再生できます。
(そして「自分たちでハイレベルなものをやりきったという誇りのようなもの」もずっと!)
■最初の原点は中学時代に
音楽教師は音楽家よりも、むしろやはり教師こそ目指して欲しい
という話ですけど
ここまでずっと書いている体験は、もうひとつ
エントリーシートを書くための自己分析の方法論でもあります。
過去を振り返るとき、とくに就活の志望動機に絡めた
自分の原点を振り返るとき
いちばん重要な意識形成は中学時代の体験にあることが多いものだよ。
~~tarebonメッセージ~~
社会人でも時として
14歳前後の成長期の記憶を紐解いてみよう。
だれでも忘れていた「自分の成長の原点」が見えてくると思うからね。
2014.1.1
今年もこういう調子です!
★★★定期更新は★★★
原則週2回(水・日)+増刊で予定です。
新年は1日からダッシュ!
★★★☆☆☆☆★★☆☆
☆就活の息抜きはこちら☆
東京メトロ・リラックマ線が行く~tarebonkumaのブログ~
就職・アルバイト ブログランキングへ
にほんブログ村