北海道に来て3日目。
昨日は北見エリアをグルグル散策し、夕方に旭川に入りました。
この行程の中、北海道経済の、いや日本の地方経済の衰退というものを
とても実感することとなりました。
北見では、旧トステム北見営業所のあった場所にまず行きました。
北見エリアでは、私が居た12年前はショールームなども無く、
小さな事務所と荷捌きセンターを隣接させた社屋で毎日仕事をしていました。
荷捌きセンターに運転手さんが居ない時は、営業マンがフォークリフトを運転し、
荷物の引き取りに来たお客様のトラックに積む、なんてこともやっていて、
ここで働いたからこそ、私もフォークリフトの運転を覚えられたのです。
人がいない。
何も揃っていない。
北海道内にある営業所の中で、最もインフラが整っていなかったからこそ、
何でも自分でやらなくてはならず、それが現場力を身に付けられた一因だったと思います。
その思い出深い、旧北見営業所は、中古車販売センターの倉庫として使われていました。
何だか、とても悲しい気持ちになりました。
旧トステム、現リクシルの営業所は、北見市内の一等地にショールーム兼事務所として
移転していましたが、キレイすぎるのとそこには何の思い出も無いので、
特に特別な思いを感じることはありませんでした。
その後、旭川に移動し、旧トステム旭川営業所にも行きましたが、
ここも全く同じで、旭川市内の一等地に移転していました。
私が毎日、働いていた事務所2箇所が、共に今はもぬけの殻となっているのを見て、
時代が変わったことを実感しましたし、ここでもとても悲しい気分になりました。
更に、昔利用させてもらっていたお店も、30%以上が閉店になっていました。
歩いている人も、異常に少なく感じました。
良い記憶も、つらい過去も、自分にとっては良い思い出なのですが、
その時代を過ごした場所があまりにも衰退しているシーンを見ると、
胸が痛くなりました。
こんな気持ちになったのは、生まれて初めてかもしれません。
でも、この姿がこれからの日本が迎えることになるのです。
人口減、経済の停滞により、荒廃していく街が続出していくことでしょう。
こうならないように、各自治体で精いっぱい考えて、
地元の経済を活性化させたり、街のにぎわいを維持するような企画をし、
実行していって欲しい、と心から感じました。
また、非力な自分ですが、お世話になった北海道に何らかの形で力を貸すことは出来ないか?
そんなことを感じた1日でした。
昨日は北見エリアをグルグル散策し、夕方に旭川に入りました。
この行程の中、北海道経済の、いや日本の地方経済の衰退というものを
とても実感することとなりました。
北見では、旧トステム北見営業所のあった場所にまず行きました。
北見エリアでは、私が居た12年前はショールームなども無く、
小さな事務所と荷捌きセンターを隣接させた社屋で毎日仕事をしていました。
荷捌きセンターに運転手さんが居ない時は、営業マンがフォークリフトを運転し、
荷物の引き取りに来たお客様のトラックに積む、なんてこともやっていて、
ここで働いたからこそ、私もフォークリフトの運転を覚えられたのです。
人がいない。
何も揃っていない。
北海道内にある営業所の中で、最もインフラが整っていなかったからこそ、
何でも自分でやらなくてはならず、それが現場力を身に付けられた一因だったと思います。
その思い出深い、旧北見営業所は、中古車販売センターの倉庫として使われていました。
何だか、とても悲しい気持ちになりました。
旧トステム、現リクシルの営業所は、北見市内の一等地にショールーム兼事務所として
移転していましたが、キレイすぎるのとそこには何の思い出も無いので、
特に特別な思いを感じることはありませんでした。
その後、旭川に移動し、旧トステム旭川営業所にも行きましたが、
ここも全く同じで、旭川市内の一等地に移転していました。
私が毎日、働いていた事務所2箇所が、共に今はもぬけの殻となっているのを見て、
時代が変わったことを実感しましたし、ここでもとても悲しい気分になりました。
更に、昔利用させてもらっていたお店も、30%以上が閉店になっていました。
歩いている人も、異常に少なく感じました。
良い記憶も、つらい過去も、自分にとっては良い思い出なのですが、
その時代を過ごした場所があまりにも衰退しているシーンを見ると、
胸が痛くなりました。
こんな気持ちになったのは、生まれて初めてかもしれません。
でも、この姿がこれからの日本が迎えることになるのです。
人口減、経済の停滞により、荒廃していく街が続出していくことでしょう。
こうならないように、各自治体で精いっぱい考えて、
地元の経済を活性化させたり、街のにぎわいを維持するような企画をし、
実行していって欲しい、と心から感じました。
また、非力な自分ですが、お世話になった北海道に何らかの形で力を貸すことは出来ないか?
そんなことを感じた1日でした。