
私は酒作りを終えた蔵のそばに立つ煙突です。
格別に長く暑かった夏も立秋を過ぎて10日余り、心なしか朝夕涼しく足下の雑草から虫の声も聞こえ始めた。その声はあとどれほど聞けるのかと思っている。役目を終えて何十年、自分も酒蔵も年波には逆らえず間もなく姿を消す。
今、静かな城下町を見下ろしている。銭湯に立っていた3本の仲間は時世の流れに押され次々とその役目を終えた。声を掛け合っていたもう1軒の酒屋の仲間も姿を消しそこは大きなマンションが建った。残っているのは自分1本だけだ。
1直線に見下ろせる、昭和の中ごろまでは銀座の名を冠した商店街はシャッター通りに代わり、解かれた店の跡には雑草が茂る。人影も少なく往時を偲ばせるものはなくなった。
ひとつだけ変わらない場所がある。すぐそばの小学校だ。風合いのあった木造校舎はコンクリーになり、人数は減ったが「児童らの」元気で明るい声は今も聞こえる。変わりいく街を眺めながら子らの声だけはいつまでも続いてと願っている。
ここに私の立っていたことはいつか忘れられる。酒作りに寄与した地下水だけはいつまでも清水であり続けて欲しい。
(写真:往時を思いながら立っている私)