昨日は雪が降っていたけど、大手町からタクでお客さんがやってきた。
うちのお茶会にも二度も参加されている某大手上場会社のえらい人たちの「普茶料理風蕎麦会」
まず、星野村の玉露。ガラスの宝瓶(ほうひん)に茶合(さごう)で計った茶葉を入れ、硯水泉を沸かし、
ゆっくりと入れる。茶碗は久保さんの斑唐津。茶托は角居くんの錫。お菓子は近くの梅鉢屋。江戸時代
から文人墨客に愛された野菜と砂糖でつくられた簡素なものだ。二煎目はお客さんが入れる。
久保さんの焼き締めの湯ざましを宝瓶にいれる。「セルフ」という言葉がはやっているけど、そんな
チープなサービスではなく、高級な「おもてなし」の真髄がそこにある。3煎、4煎となるにつれ、玉露の
甘露な甘みに酔い、場がなじんでくる。さてそろそろお酒の用意。「立春朝搾り」を、巣山くんがため塗りをした
肩口に入れ、同じく木曾の樽に漆をぬった酒器に注ぎ、お酒がまわっていく。酢醤油に宝瓶の中のでがらしの茶葉
を箸でつまみ、それを酒肴にする。丁寧に新葉のやわらかい部分をつんだ茶畑の人たちに感謝したくなるくらい、うまい。
夏目漱石の草枕にでてくる玉露の文を読んだりすると、このへんの繊細な慈味がよりいっそう感じられるはずだ。
普茶料理とは、隠元和尚が黄檗山に伝えた精進料理。「普(あまね)く、大衆に茶を施す」という縁起からつけられたものだ。
隠元和尚は、「禅」と「お茶」と茶禅一味の「普茶料理」を伝えてくれた坊さん。
書道も黄檗山が盛んで、隠元・木庵・即非の書を「黄檗三筆」という。今朝の新聞に「全日展」という書道の展覧会の「いかさま」
が大きくのっていたけど、関係者は黄檗山にいって、切腹するくらいの覚悟をもって、死んでもらいたい。
普茶料理の代表が「麻腐」という豆腐料理。天真庵では、ごま豆腐ではなく蕎麦豆腐を供す。石臼挽きした新鮮な蕎麦粉
と、筑前葛の絶妙な味わいは、酒肴として最高。♪シルキーはママの味・・
気がのれば、ここで豆腐百珍よろしくもう一品がでることもある。メニューにはないので、でないことも多い。
「まわり」とよばれる三種盛。昨日はおからの稲荷、卵焼きをそば海苔でつつんだ蕎麦鮨と黄瀬戸の「つぼつぼ」に
いれた「ままけは」。酒がぐびぐびのどを鳴らしながら進んでいく。
お茶席によくでてくる唐津の肩口に、そば米ともち麦の雑炊に葛をからめたものを入れてだす。普茶料理では
「雲片」という。繊維質がお米の10倍ともいわれるもち麦を食べると、薬事法にひっかかるくらい体の調子がよくなる。
「そばがき」はいろいろな調理法があるが、昨日はお酒を煮きり、塩と梅と蕎麦汁で味付けしたものをかけたものを、
志野の蓋付きの器で出す。蕎麦料理の王様みたいな料理。味見をするだけで、一合はいける。
締めは「ざるそば」。
そして、「ほぼぶらじる」をゆっくりのみほすころ、お迎えの車が雪の中に到着。雪中梅ならぬ雪中バイバイで、見送り
をする。人生一寸先が闇かもしれないが、そこに「光」があることをいつも願う。
お茶の世界だけでなく、いついかなる時も、生きているのは、息をしている「今」というこの瞬間だけだ。
だからいつ死んでもいいように、悔いなく生きていきたいと思う今日このごろ。感謝。