峰猫屋敷

覚え書と自己満足の場所

しんちゃんと交響楽団 2

2006年06月11日 11時43分01秒 | 思い出話
昨日の記事をアップした後、いろんな記憶がまた蘇ってきました。
マグマ大使の笛は、いじわるで私に「吹くな」と言ったんじゃなかった気がします。
たしか、しんちゃん自身がお父さんから「吹くな」と言われていたような。
私は、笛なのになぜ吹いてはいけないのか、理不尽な気がして理由を聞いたように思います。
しんちゃんは、「とにかく吹いちゃいけないんだ。パパがダメだって言うんだから!」というようなことを言っていたような。
昨日そのことを考えていて、ふと、しんちゃんのお父さんは子供の夢を壊さないために吹くなと言ったのかな、と思いました。
もしそうだったら、しんちゃんのお父さんは素敵だし、その言いつけを頑なに守っていたしんちゃんも偉い

さて、しんちゃん一家が引越してからは、しんちゃんと会うこともなかったし、
しんちゃんの存在自体も次第に忘れていきました。(子供なんてそんなもんだ)

      

話はズズイッと飛んで、私は20代になりました。
あるとき、兄が日本フィルハーモニー交響楽団のチケットをくれました。
どこかでもらったらしいけど、「自分は行かないから、おまえ行く?」 みたいなことで。

上野の文化会館での演奏会ではハイソな方々がたくさん演奏を聴きに来ていました。
高尚な音楽にはあまり縁のない私だけど、
「何度も聴いていれば何かしら身につくものがあるかも  」
くらいの気持ちで、その場で定期演奏会の会員に申し込みました。

月に一度、定期演奏会に通いました。何度目かのときに、何気なく団員一覧を見ていると、チェロ奏者の中にしんちゃんの名前がありました。(長いこと気付かなかった)
えええーーっ\(◎o◎)/!
どこにでもあるような名前ではありません。それに、そのとき思い出しましたが、
しんちゃんは隣に住んでいたときからバイオリンを習っていました。

休憩時間になると、私は有料のパンフレットを買いに行きました。
私の席からでは遠すぎて舞台の顔がよく見えません。
パンフレットに載っていたしんちゃんの顔は、ふっくらした子供の頃とは違って、ほっそりしていました。
でも、目のあたりは子供の頃の面影があります。

しんちゃんに気付いてからは演奏は耳から遠のきました。
チェロをじっと見ながら、懐かしい思い出が胸に溢れてきました。

いつも庭づたいに来ては我家の茶の間のガラス戸を、いきなり開けたしんちゃん。
スカート履いてなくてパンツだけの時にそれやられて、ビビッたぜ。

しんちゃんちの物置に入ったら、「どれでもあげるよ」と言われて、物色したところ、鉄腕アトムのハンカチを見つけた。
「ホントにこれ貰っていいの?」と聞いたら、あっさり「いいよ」と言うから、家に帰ってすぐにマジックで自分の名前を書いたっけ。もう返せないぞ。

そんな美しい思い出が交響楽団の奏でる音楽とともに波のように寄せては返し、不思議なタイムトリップを感じました。

その後、何度かは定期演奏会に行きましたが、いつしか行かなくなりました。
しんちゃんは私が聴いていたことなど知りません。
小さいころ隣に住んでいた女の子を、思い出したことがあるかどうかもわかりません。


            

      
しんちゃんをネットで検索したところによると、今は日フィルから神奈川フィルに移ったようですが、お元気でご活躍中。
(私より年下なんだから、まだ若い
いつかまた演奏を聴いてみたいな。


* * * * * * * * * *

20時26分追記

ブログを読んだ母が言うには、「しんちゃんのお母さん、宝塚じゃなかったかな」
とのことでした。
また、「お隣で声楽のレッスンもしてたみたいよ」と。

ネット検索したら、宝塚でもSKDでもヒットしませんでしたが、
近いお名前で、銀パリに出ていたシャンソン歌手がそれかも?
もしそうならば、美輪さまとも知り合いのはず。
私が美輪さまの存在を知り、ファンになったのは中学生のときだから、
全く関係ないところで意外な繋がり???
人違いかもしれませんけど。