白山信仰の町として知られる「白鳥町」、その 基点となる美濃馬場に鎮座される「長滝白山(ながたきはくさん)神社」。主祭神は『菊理媛神(白山比咩神・白山権現)』『伊弉諾尊・伊弉冉尊』
参道途中には石造りの太鼓橋があり、その先に濃い緑に包まれた境内が広がっています。
「長滝白山神社」は、日本各地に分布する白山神社の中心的な神社の一つで、白山信仰の美濃国側の中心とされます。明治維新以前は「白山中宮長滝寺(はくさんちゅうぐうちょうりゅうじ)」と称していましたが、神仏分離令により、「長滝白山神社」と「長瀧寺」に分離。両社寺は今も同じ境内にあり、参道から右側が長滝白山神社になります。
「本坪鈴」後方の格子から拝観させて頂いたご本殿:白山三社、中央に「天御前(あまのごぜん)社」、左右に「越南智(おなんじ)社・別山(べっさん)社」。
1月6日、別名「花奪い祭り」と呼ばれる例祭では、この拝殿で「延年の舞」が古式ゆかしく奉納される中、拝殿天井に吊るされた桜、菊、牡丹、椿、芥子の五つの花笠を参拝者が奪い合います。この花を持ち帰ると家内安全・商売繁盛などの御利益があるそうで、国重要無形民俗文化財に指定されています。
拝殿前より神域を守護されるのは、いわゆる岡崎現代型と呼ばれる狛犬さん。見た感じからしてさほど古いものとも思えませんが、折角なので登場願いました。・・岡崎型には冷たい御亭主殿の所為で撮影者は私😅
参道・左側に位置する 「白山中宮 長瀧寺(ちょうりゅうじ)」。『釈迦如来』を本尊とします。(本堂画像はパンフレットからの転載。)
伝承によれば、養老元年(717)、法相宗の寺院:白山中宮長滝寺として泰澄が創建。天長5年(828)に天台宗に改められ、古くから白山信仰と深いかかわりがあり、郡上郡一円に大きな宗教的勢力として君臨したと云います。参道脇の絵図には往時の坊跡が記されており、その勢力の一端を窺うことが出来ます。
それほどの規模を誇りながらも、明治32年(1889)の火災により堂宇や宝物の一部を焼失。現在の堂宇はその後に縮小して再建されたもので、阿名院、経聞坊及び宝幢坊の三つの坊院が残されただけとなりました。とは言え、これらの建物の写真・・一切ありません😱
どのような日照りの夏でも決して枯れる事がないと云う「延年水」の建屋。その水が流れ込む池の中央には「弁財天」が祀られています。後方の高台に僅かに見えている建物は「薬師堂」でしょうか?
境内の外れに建立されていた「瀧泉院:弘法堂」、弘法の名からもわかるように、真言宗の建物です。それが何故天台宗の寺院境内にあるのか・・理由は不明。
天台宗の寺社境内に真言宗のお堂・・この当時はそんな不思議などまったく考えず、美しく彩色された欄間や木鼻の象鼻に心惹かれ、デジカメを向けていました。下はその一部分ですが、あまりにも鮮やか過ぎる色合いは、もしかしたら最近手が加えられたのか・・とも思えます。
画像が無い割には終わらない「長瀧白山神社」と「白山中宮長滝寺」。明日は2018年に散策した境内の画像を交え「白山信仰の町~其の二」を。
参拝日:2012年5月20日
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